集合は朝8時のはずだった。玄関の外で気配を感じて時計を確認したら、まだ朝7時15分。ガイドの河原さんは、約束より45分も早く、家の前にいました。
もしあなたが、視覚障害者のパラトライアスリートが「どうやって IRONMAN を完走しているんだろう」と疑問に思ったことがあるなら——。
もしあなたが、パラスポーツや障害者支援に関わっていて、「ガイド役の人たちは、選手とどんな関係を築いているんだろう」と気になっているなら——。
もしあなたが、企業のダイバーシティ研修や、学校での障害理解教育で、「信頼関係とは何か」を伝える物語を探しているなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けています。
視覚障害B2クラスの僕が、IRONMAN を完走できるのは、僕一人の力ではありません。「ガイドトライアスリート」と呼ばれる仲間たちが、僕の隣で、スイム・バイク・ランを一緒に走ってくれているからです。
今日は、そのガイドトライアスリート達——河原さん、平川さん、高瀬さん——と僕の間で実際に起きた、伝説のような本番エピソードを含めて、信頼で結ばれた関係の物語を一次情報でお伝えします。
パラ陸上の世界には「ガイドランナー」という言葉があります。視覚障害ランナーと一緒に走り、コースと安全を伝える役割です。素晴らしい仕事です。
でも、トライアスロンは違います。スイム・バイク・ラン、3種目すべてを、選手と一緒にやり切る必要があります。だから僕は、自分のガイドのことを 「ガイドトライアスリート」 と呼びます。
つまり、ガイドトライアスリートは 「3種目分のアスリート技術+人を伴走させる技術+安全管理+メンタルサポート」 を一人で背負ってくれる存在です。普通のアスリートより、よっぽど難しい仕事です。
その人たちが、なぜ僕と一緒に走ってくれるのか——。答えは、シンプルに 「信頼で結ばれているから」。それ以外の理由はありません。
横浜トライアスロンなど、僕の日常の練習やレースを支えてくれる存在。2018年からの長い付き合いで、僕の体の癖や呼吸のリズム、調子の上下まで、言葉にしなくても分かってくれる相棒です。
平川さんとの出会いは、2018年。「長年一緒に走るとは、こういうことか」を僕に教えてくれた人です。
普段の練習では、僕がちょっと声のトーンを変えただけで、「今日はあんまり調子良くないですか?」と気づいてくれる。レース当日、緊張で言葉数が減ると、「大丈夫、いつも通り行きましょう」と声をかけてくれる。
2026年9月のIRONMANジャパン みなみ北海道でも、平川さんが本番ガイドを担当してくれます。1頭目の盲導犬を見送り、新しい盲導犬シュクレと出会った僕にとって、平川さんは 「変わらない隣にいてくれる存在」 です。
1人のガイドと、何年もの時間を共有する。これが、トライアスロンガイドの世界の本当の意味です。
2024年・2025年、2年連続で IRONMAN ジャパン みなみ北海道の本番ガイドを務めてくださった方。スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km の合計226km を、僕の隣で完走するという、世界でも極めて稀な仕事を引き受けてくださいました。
河原さんとの2年間は、僕の人生の中でも特別な経験でした。なぜなら、彼が見せてくれた信頼の形——それは、約束の時間よりも、ずっと前に動き始めていた人の姿だったからです。
河原さんが約束していた集合時間は、朝8時。場所は、僕の自宅前。
ところが、僕が玄関の外で気配を感じて時計を確認したのは、朝7時15分。
河原さんは、約束より45分早く、すでに家の前に到着していたのです。
「えっ、もう来てるんですか?!」と僕が驚いて声をかけると、河原さんは涼しい顔で、「余裕を持って準備しておきたかったので」と答えてくれました。
北海道での IRONMAN は、東京から長距離の移動を伴うレースです。荷物、機材、心の準備——どれをとっても、不安が付きまとう本番直前のタイミング。そのなかで、僕の家の前に 45分早く来てくれていたという事実。これは、僕にとって 「この人と一緒なら、絶対に大丈夫」 という揺るぎない安心の証でした。
時間を守る人は信頼される。
時間より早く来てくれる人は、もっと信頼される。
それは、相手を 大事にしている 何よりの証拠だから。
この「7時15分」エピソードは、僕の心の中に、「ガイドトライアスリートとは、こういう存在だ」 という基準を刻みつけてくれました。
「7時15分」だけが伝説じゃありません。IRONMAN本番というのは、本当にいろんなことが起きます。河原さん・平川さんとの本番で、忘れられないエピソードを、正直にお伝えします。
北海道へ飛び立つ朝、羽田空港の駐車場が満車でした。河原さんと僕は、空港の駐車場入口で1時間、列に並んで待ち続けました。「フライトに間に合わないかも」と焦る気持ちもありましたが、河原さんは「大丈夫、何とかなります」と落ち着いていました。実際、何とかなりました。焦らない力って、こういう時に効きます。
レース前日の試泳。「あれっ、トライスーツをホテルに忘れてきた…」。視覚障害B2の僕は、荷物の準備一つにも気をつけているつもりが、こういう時に限ってやってしまいます。
「すいません、トライスーツ忘れちゃいました…」と河原さんに伝えると、彼は一瞬考えて、こう言いました。「じゃあ、ウエットスーツの下、何も履かないで泳ぎましょう」。
結局、僕はウエットスーツの下にノーパンのまま函館湾を試泳することになりました。「ノーパン試泳」と僕は呼んでいます。これも、「失敗を一緒に笑える」関係性の一つの形です。
レース当日、トランジットエリアに置く荷物袋が 移動中に破けてしまいました。これは結構深刻なトラブルで、装備が散らばってしまう恐れがあります。
河原さんは黙々と、その場で テープを取り出して補強 してくれました。事前に「破ける可能性」まで想定して、テープを持ってきていてくれたんです。「念のため」の積み重ねが、本番を支える。これも信頼の形です。
スイムからバイクへの切り替えゾーン(T1)に、トイレがありませんでした。スイム後の自然な生理現象——でも、トイレを探しに行く時間はない。1秒でもタイムを削りたい本番、僕たちはためらいませんでした。
河原さんも僕も、ウェアを着たまま、意図的に済ませました。スイム直後で全身がびしょ濡れ、しかも水温で冷やされている状態。トライアスロンの世界では、長距離レースの本番でよくある選択です。
笑い話に聞こえるかもしれませんが、これも本番のリアルです。「困った時には、お互いに恥ずかしくない関係でいられる」。そして、「タイムを削るためなら一緒に何でもする」覚悟を共有できる。これは、何年もの時間と信頼の積み重ねがあって、初めて成り立ちます。
トライアスロンLUMINA湯の丸の追い込み合宿で、僕のガイドを務めてくださる方。本番ガイドの平川さん・河原さんとはまた別の場面で、「強くなるための時間」を一緒に作ってくれる存在です。
合宿は、本番とは違う特殊な時間です。体を限界まで追い込み、技術を磨き、メンタルを整える。そういう時間を一緒に過ごせる人がいるかどうかは、選手のレベルアップに直結します。
高瀬さんは、合宿という独特の時間の中で、「もう一段、上に行ける」という感覚を引き出してくれます。レース本番だけでなく、本番に向かう過程 にも、信頼で結ばれた仲間が必要です。
ここまで、本番の伝説エピソードをお話してきました。でも、これらは たくさんの「普段の練習」の積み重ね があってこそ、生まれたものです。
平川さんとは2018年から、もう8年。河原さんともIRONMAN2年連続。高瀬さんとも合宿を共有してきた時間。言葉にしなくても伝わる までの関係性は、一朝一夕では作れません。
では、信頼関係はどうやって作るのか。僕の経験から、3つお伝えさせてください。
練習でも、移動でも、食事でも。同じ時間を共有することでしか、見えてこない相手の姿があります。
「ノーパン試泳」「T1で着たまま済ませた」を笑い話にできる関係。カッコ悪い瞬間を共有できる相手こそ、本番で頼れます。
「7時15分」の河原さんの姿勢。相手から大事にされていると感じる小さな瞬間が、信頼を積み上げていきます。
普通のアスリートは「自分の限界に挑む」と語ります。でも、僕は違います。
僕の挑戦は「みんなで作る挑戦」です。
ガイドトライアスリート、コーチ、家族、所属企業、応援者、そして盲導犬シュクレ——たくさんの人と存在に支えられた挑戦。これが僕の 独自性 であり、強さ です。
視覚障害があるからこそ、僕は 「ひとりじゃ何もできない」ことを、人より早く受け入れる必要がありました。そして受け入れた瞬間から、「一緒に作ってくれる仲間」がいかに大切かを実感する人生になりました。
結果的にこれは、僕の競技人生でも、講演でも、人生のスタンスでも、すべての軸になっています。
「信頼関係はどうやって作るのか」——この問いは、企業のチームビルディング、学校の人間関係教育、家族との関わり、すべての現場で大事な問いです。
僕の講演では、視覚障害B2のIRONMAN挑戦者として、ガイドトライアスリートとの実際の物語 を通じて、信頼関係を作る具体的な工夫をお伝えしています。「7時15分」のような本番の伝説エピソード から学べる、人と人の関係性の本質。聞いている方が「自分の現場でも、これがしたい」と思える話を、シュクレと一緒にお届けします。
視覚障害B2のパラトライアスリート・中澤隆が、学校・企業・自治体向けに講演を続けています。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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視覚障害B2のパラトライアスリート・中澤隆が、企業・学校・自治体で「信頼関係」「ダイバーシティ」「みんなで作る挑戦」をテーマに講演しています。
講演料:5万円〜(応相談)
盲導犬シュクレ同伴可、対面・オンライン両対応。
河原さん、平川さん、高瀬さん、そして名前は出さなかったたくさんのガイドトライアスリート達。彼らがいなければ、僕の226kmは存在しません。本当にありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。