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📅 2026.06.12 | RYU NAKAZAWA
💪 挑戦

親知らずを2回抜く話|IRONMAN3ヶ月前の戦略的休息と、視覚障害B2が「信じるしかない」を選んだ理由

⏱ 約11分で読めます(7,169字)
タンデム自転車で走るパラトライアスリート中澤隆

「1本目は無事に抜けました。でも、もう1本——7月にもう一度、同じ椅子に座ってください」。歯医者さんにそう言われた瞬間、僕の気持ちは静かに下がりました。ゴールテープが見えたと思ったら、もう1周あると告げられたような感覚です。

もしあなたが、「痛くもないのに治療すること」に戸惑った経験があるなら——。

もしあなたが、「本番3ヶ月前なのに練習できない」状況に焦りを感じたことがあるなら——。

もしあなたが、「信じるしかない」と自分に言い聞かせる場面に出会ったことがあるなら——。

この記事は、あなたのためのものです。

こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けています。

2026年6月、僕は親知らずを抜きました。しかも、7月にもう1回抜く予定です。9月のIRONMANジャパン みなみ北海道まで3ヶ月強というタイミングで——。

痛くも痒くもない口の中に、メスを入れる。本番が近いのに、走るのをやめる。どちらも、頭では分かっていても、心がなかなか追いつかない選択でした。

この記事は、その葛藤と「信じるしかない」という選択について、できるだけ正直に、リアルな一次情報でお伝えします。同じように「動けない自分」を責めそうになっている誰かに、少しでも届けばと思いながら書いています。

📖 この記事の目次
  1. 遅いゴールデンウィークの後に、抜いた
  2. 「痛くも痒くもない」のに、抜く理由
  3. 抜いた後、思った
  4. それでも、「信じるしかない」
  5. 視覚障害B2の僕が、「信じる」を毎日選んでいる理由
  6. 思えば、「信じるしかない」は初めてじゃなかった
  7. IRONMAN 3ヶ月前の「戦略的休息」
  8. 数日前、ジョギングに出てみた
  9. 「サボった」と「戦略的休息」の境界線
  10. 7月、もう一度、椅子に座る
  11. あなたへ——あなたの「戦略的休息」も

遅いゴールデンウィークの後に、抜いた

遅いゴールデンウィークを過ごした後、僕は親知らずを抜きました。

1回で終わる予定」だったんです。歯医者さんに行く前の僕は、完全にそのつもりでした。サッと抜いて、数日で腫れが引いて、また朝の練習に戻る。そんな軽いイメージでいたんです。

でも、根っこが頑固でした。1本目は無事に抜けた。けれど、もう1本——7月にもう一度、同じ椅子に座らなきゃいけない

そう聞いたとき、正直、気持ちが下がりました。

「終わった」と思った瞬間に、「いや、まだ半分だ」と告げられる感覚。
マラソンで言えば、ゴールテープが見えたと思ったら、もう1周あると言われたようなものです。

でも、ここで一つ、自分に言い聞かせたことがあります。これは僕が選んだことだ、と。誰かに無理やり抜かれたわけじゃない。9月の本番に、できるだけ良い体で立つために、自分で歯医者さんの椅子に座ったんです。そう思い直すと、下がった気持ちが、ほんの少しだけ持ち直しました。


「痛くも痒くもない」のに、抜く理由

親知らずを抜く経緯は、こうでした。

痛くないんです。困ってないんです。なのに「抜いたほうがいい」と言われる。

これって、すごく「なんだかなぁ〜」って気持ちになるんですよね。

困ってない自分の体に、メスを入れる。今は症状が出ていないのに、未来の自分のために、今の自分が痛みを引き受ける。予防的な治療って、頭では理解できても、心は追いつかない。

人って、たぶん「今、痛い」ものには動けるんです。痛みがあれば、迷わず病院に行く。でも「今は平気だけど、放っておくと後で困る」ものには、なかなか動けない。今日の自分の安心を、未来の自分のために手放す——これが、思っていた以上に難しい。

痛くも痒くもないのに、抜くのは——なんだかなぁ〜。

これが、抜歯当日の僕の正直な気持ちでした。

でも考えてみると、僕はこの「今は平気でも、未来のために今動く」を、もう何年も続けてきたはずなんです。朝4:30に起きてスイムに向かうのも、今日のためじゃない。9月のため、その先のためです。親知らずも、同じこと。今日の口の中の平和より、これから何十年も続く食事と健康を選ぶ。そう整理したら、椅子に座る覚悟が、少しだけ決まりました。


抜いた後、思った

そして、いざ抜きました。

当然のように、後遺症フルコースが来ます。

食事も思うように取れない。寝るときも気になる。話すのもしんどい。

僕にとって「食べられない」は、地味にこたえます。IRONMANを続けている体は、ちゃんと食べて、ちゃんと回復して、はじめて成り立つ。食べることは、アスリートにとって練習の一部です。それが、口が開かないせいで思うようにできない。柔らかいものを、ゆっくり、片側の歯だけで噛む。そんな数日が続きました。

そして、ベッドの上で、思うんです——。

「これを、7月にもう1回やるのか……」

気持ちが、下がります。正直に書きます。下がるんです。

2回目があると分かっている治療の、1回目を終えた直後。終わったわけじゃないんです。これは"中間地点"なんです

ゴールが見えていれば、人は最後の一歩を踏ん張れます。でも「これと同じことを、もう一度ゼロからやる」と分かっている苦しさは、種類が違う。
それでも僕は、布団の中で天井を見ながら、こう思い直しました。「下がった気持ちは、ちゃんと感じていい。ただ、そこに居続けないようにしよう」と。気持ちが下がるのは止められない。でも、そこからどこを向くかは、自分で選べる。


それでも、「信じるしかない」

でも、僕は決めました。

「治療しないと、もっと酷い目になる」と信じて。信じるしかない。

これが、僕の選んだ言葉です。

今、痛くないのは事実。でも、放っておいたら、奥歯の虫歯はもっと進む。歯茎はもっと下がる。未来の自分が、今の自分を恨むことになる

だから、今の自分が、未来の自分のために痛みを引き受ける。

それが、歯医者さんを信じるということ。

「信じるしかない」という言葉は、一見すると後ろ向きに聞こえるかもしれません。選択肢がないから、仕方なく信じる——そんなふうに。
でも僕にとっては、逆なんです。「信じる」と腹をくくった瞬間に、迷いが減る。あれこれ考えて、抜くべきか抜かないべきかと揺れている時間が、いちばん消耗する。プロに任せると決めたら、あとはその道を進むだけ。「信じる」は、僕にとって前に進むためのスイッチなんです。

そして、もう一つ気づいたことがあります。「信じる」というスキルは、僕がトライアスロンで毎日使っているスキルと、まったく同じだということに。


視覚障害B2の僕が、「信じる」を毎日選んでいる理由

視覚障害B2の僕は、IRONMAN 226kmを完走するとき、ガイドトライアスリートと一緒に走ります。

このとき、僕がやっているのは「ガイドを信じる」ということだけです。

「左に曲がります」と言われたら、自分の判断より、ガイドの言葉を信じる。「あと200mで坂です」と言われたら、見えていない景色を、ガイドの言葉から想像する。

考えてみてください。海の中で、ロープ一本で繋がった相手の方向を信じて、全力で腕を回す。下りのカーブを、前に乗るガイドのハンドルさばきを信じて、スピードを緩めずに突っ込む。「信じる」が一瞬でも揺らいだら、体が縮こまって、前に進めなくなるんです。

視覚障害になる前の僕なら、たぶん「自分の目で確かめないと安心できない」タイプでした。でも、見えなくなって分かったのは、信じて任せたほうが、結果的に速く、遠くまで行けるということ。自分だけで抱え込むより、繋がる輪の中で進むほうが、ずっと強い。

つまり、僕の人生は、「信じる」というスキルを毎日磨いているんです。

その僕が、歯医者さんを信じるのに、迷う必要なんてない——はずなんです。ガイドを信じてレースを走り抜けてきた僕なら、専門家を信じて治療を受けることだって、きっとできる。そう自分に言い聞かせています。


思えば、「信じるしかない」は初めてじゃなかった

ここまで書いていて、ふと思い出したことがあります。

僕は27歳のとき、緑内障と診断されました。そして進行して、31歳で視覚障害者になりました。そのとき、はっきりと知らされたんです。「一度失った視野は、回復しない」と。

目薬をさしました。飲み薬も飲みました。手術も、何度も受けました。
それでも、視野は少しずつ欠けていきました。

あのときの僕も、結局「信じるしかなかった」んです。この治療が、進行を少しでも遅らせてくれると信じるしかない。確実に効くという保証はない。それでも、できることをやり続けるしかない。

今振り返ると、あの日々で僕は「信じる」を覚えたのかもしれません。結果が約束されていなくても、今できる最善を選んで、前を向く。緑内障の治療で身につけたその感覚が、ガイドを信じる力になり、そして今、親知らずを抜く椅子の上で、また僕を支えてくれている。

「信じるしかない」は、弱さじゃない。前に進むと決めた人の、強さの言葉だ。

そう思えるようになるまでに、僕は20年かかりました。だからこそ、今、同じ言葉を口にできることが、少しだけ誇らしくもあるんです。


IRONMAN 3ヶ月前の「戦略的休息」

正直に書きます。ここ2週間、ほとんど練習できていません

親知らずを抜いた直後の体は、走れない。泳げない。バイクすら、心拍を上げる勇気が出ない。

朝4:30の起床リズムも崩れがちです。9月のIRONMAN北海道まで3ヶ月強というタイミングで、これは正直、焦りも生まれます。

頭の中では、ついこんな声がします。「他の選手は今日も泳いでいるんじゃないか」「この2週間で、差が開くんじゃないか」。
スイムの感覚は、少し離れるとすぐに鈍ります。バイクの脚も、ランの心肺も同じ。積み上げてきたものが、指の間からこぼれていくような気がして、ソワソワするんです。

でも、僕は決めました。これは「サボった」じゃないと。

これは「戦略的休息」だ。

持久系アスリートにとって、回復は競技力そのものです。炎症を抱えたまま走っても、タイムは伸びない。むしろ免疫が落ちて、もっと大きな故障を呼ぶ。

体が腫れて、熱を持っているということは、体の中で全力の修復作業が行われているということ。そこに練習という負荷を重ねるのは、修復中の現場に、また穴を掘りに行くようなものです。今やるべきは、掘ることじゃなく、ちゃんと埋めきること。

だから、今は「動かない」が、9月の本番への一番速い道。

7月にもう1本親知らずを抜く。それも織り込んだ上で、8月から本格的にIRONMANの最終調整に入る。このスケジュールを、自分のものとして引き受ける。焦って今フライングするより、回復という土台をしっかり固めてから、繋がる仲間とガイドに支えられて、最後の3週間で仕上げる。それが、47歳の僕が選んだ作戦です。


数日前、ジョギングに出てみた

正直に書きます。抜歯からしばらく経って、「そろそろ体を動かしたい」と思った日がありました。

朝、シューズを履いて、ジョギングに出ました。1ミリの行動から、ですね

僕はいつも、大きなことをしようとは思っていません。「フルで走ろう」でも「タイムを出そう」でもなく、ただ「シューズを履いて、外に出る」。その1ミリだけを決める。動き出しさえすれば、体はあとからついてくる——そう信じているからです。

走り始めて、すぐに気づきました。

親知らずを抜いた跡の腫れが、まだ少し残っている
そして、走るたびに、その腫れた箇所が「響く」感じがする。

痛い、ではないんです。走り続けられないレベルでもない。「気になる」程度です。

一歩、足が地面を叩くたびに、その振動が顎のほうへ、コツン、コツンと伝わってくる。痛みと呼ぶほどじゃない。でも、明らかに「いつもと違う」サインでした。

でも、僕は途中でウォーキングに切り替えました

なぜか。「心配」だったからです

3ヶ月前のこのタイミングで、無理して悪化させるリスクは取れない。だから、ジョギング → ウォーキングに切り替えた

レースの最中なら、僕は多少の不調くらい、ガイドを信じて押し切るでしょう。でも今は、レース本番じゃない。今ここで無理をする理由は、どこにもないんです。守るべきは、今日のジョギングじゃなく、9月のスタートライン。優先順位を間違えないこと——それを、走りながら自分に言い聞かせました。

「走り切る」じゃなく、「身体の声に従う」。

これも「戦略的休息」の一つだと思います。

面白いもので、見える景色が少ない分、僕は「体の声」にはわりと敏感です。普段から、足裏の感覚や、呼吸のリズムや、ロープから伝わるガイドの動きで、まわりを感じ取っている。その同じセンサーが、「今日はここまで」と教えてくれた。だから僕は、その声を無視しませんでした。

20代の僕だったら、たぶん「気合いで走り切れ」と言ったでしょう。でも、47歳の僕は、別の選択をしました。
持久系アスリートにとって、「やめる勇気」も競技力です。

1ミリは出した。今日はウォーキングで十分。それで今日はOK——そう自分に言える47歳でいたい。
シューズを履いて外に出た、その事実だけで、今日の僕は前に進んでいます。距離じゃない。出たか、出なかったか。それがすべてです。


「サボった」と「戦略的休息」の境界線

練習できない時間があると、人はつい自分を責めたくなります。

でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。その「サボった」、本当に「サボった」ですか?

体調を崩したから、休んだ。
家族のために、時間を使った。
仕事の山場で、優先順位を変えた。
そして今の僕のように、歯の治療で動けなかった

これらは「サボった」じゃありません。「戦略的休息」です。

「サボった」と「戦略的休息」は、外から見たら同じ「動いていない時間」です。違うのは、たった一つ。その時間に、目的があるかどうか。なんとなく逃げて動かなかったのか、それとも、先のために意図して動かなかったのか。同じ一日でも、意味づけがまるで違ってくるんです。

「サボった」と自分を責めるか、「戦略的休息だった」と事実を受け入れるか。これは、自分の語り方の問題です。語り方を変えれば、明日の一歩目が軽くなります。

そして大事なのは——自分を責めても、回復は一秒も早まらないということ。むしろ、心がすり減って、復帰がさらに遠のく。だったら、休む日くらい、堂々と休む。「これは戦略的休息だ」と胸を張る。その語り方が、次に走り出す自分への、いちばんのエールになります。


7月、もう一度、椅子に座る

7月、僕はもう一度、歯医者の椅子に座ります。

同じ手術。同じ腫れ。同じ熱。同じ「口が開かない」日々。

正直、今から気が重いです。これは強がりじゃなく、本音です。

しかも、今度は1回目を経験している分、痛みも腫れも、全部リアルに想像できてしまう。知らないことの不安より、知っていることへの覚悟のほうが、ある意味で重い。次に何が来るか、もう分かっているからです。

でも、その日も僕は、同じ言葉を自分に言うはずです。

「治療しないと、もっと酷い目になる」と信じて。信じるしかない。

9月、北海道のスタートラインに立つために。
妻と、シュクレと、これから何十年も一緒に暮らしていくために。
講演で「挑戦の話」を、これからも届け続けるために。

1回目を乗り越えた体は、ちゃんと回復しました。腫れも引いて、また走れるようになった。つまり、僕の体は「ちゃんと戻る」と、もう証明してくれている。だから2回目も、終われば必ずまた前に進める。その事実だけは、揺らぎません。

未来の自分が、今の自分に感謝してくれることを、信じて。


あなたへ——あなたの「戦略的休息」も

もしあなたが今、「練習できていない」「動けていない」「思うように進めていない」と感じているなら——。

もう一度、聞かせてください。

それ、本当に「サボった」ですか?

これらは全部、「サボった」じゃなく「戦略的休息」です。

そして、休息の先に、また走り出せる日が来ます。動かなかった日々は、走り出した日に、力になります

もし今、何もできていないと感じるなら、まずは1ミリの行動から始めてみてください。シューズを履く。窓を開ける。お茶を一杯いれる。それだけでいい。動き出せたら、その日のあなたは、もう前に進んでいます。そして、もし途中で「今日はここまで」と感じたら、ためらわずにやめていい。進むのも、止まるのも、どっちもあなたの競技力です。

9月、僕は北海道のスタートラインに立ちます。親知らずを2回抜いた体で。「サボった2週間」ではなく、「治療を選んだ2週間」を抱えて

そのときに、もしあなたもどこかで、自分の「戦略的休息」を抱えて、また一歩を踏み出してくれていたら——。

僕にとって、それ以上に嬉しいことはありません。
僕たちは、別々の場所で、それぞれの「信じるしかない」を選びながら、繋がる輪の中で、また走り出せる。そう信じています。


🔥 挑戦の続きを、見届けてください

2026年9月13日、IRONMANジャパンみなみ北海道(225.8km)に挑みます。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。日々の練習やレースの様子を発信しているので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。

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最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。

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