「30分ごとにジェルをひとつ、15分ごとにひと口飲む」。今週末、諏訪湖で90kmを泳いで漕いで走るとき、僕は補給を気合いじゃなく時計で決めて動きます。
もしあなたが、大事な挑戦を週末に控えているなら——。
もしあなたが、「本番に強くなりたい」と思っているなら——。
そして、僕の今シーズンを応援してくれているあなたへ——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。
今日は、予告です。今週末の日曜日・6月28日、長野県の諏訪湖で開かれる「スワコエイトピークス ミドルトライアスロン」に、ガイドと一緒に出場します。レースが終わったわけではないので、まだ結果は書けません。書けるのは、ここまでの準備と、当日までにやることと、僕がこのレースに何を懸けているか。そのぜんぶを、手紙のように書かせてください。読み終わる頃には、あなたが何か大事な本番を控えたときの、ちょっとした道具になっていたら嬉しいです。
まず、今週末に挑むレースが、どんなものかをお伝えします。「ミドルトライアスロン」と言われても、距離がぴんとこない方もいると思うので、数字から書きますね。
距離は、スイム1.9km、バイク68.2km、ラン20.5km。合計すると90kmを超える、ミドルディスタンスと呼ばれるレースです。泳いで、漕いで、走る。この3つを、止まらずに続けていきます。
「90km」と聞くと、とんでもなく長く感じるかもしれません。正直、長いです。でも、見えない僕とガイドにとって、この数字は「ただの目安」ではありません。設計図です。
どの区間を、どのくらいのペースで進むか。どこで、何を補給するか。関門の時刻から逆算して、いつまでにどこを通過していればいいか。ぜんぶ、この数字から組み立てていきます。気合いで「とにかく頑張る」のではなくて、数字を読んで、段取りを引く。それが、僕のレースの土台です。距離が長いほど、行き当たりばったりは効きません。長いからこそ、設計図が要るんです。
では、なぜ僕は、このミドルのレースに出るのか。ここを、少していねいに書かせてください。
僕がトライアスロンを始めたのは、31歳のときでした。視覚障害者になったばかりで、夜になるのが怖かった頃です。テレビで、全盲の女の子がトライアスロンをしている映像を見て、画面の前で動けなくなって、こう思いました。「僕より見えない子が、やってる。僕は、まだ見えてる。だったら、僕もできるかもしれない」。そのひと言が、最初の一歩でした。
始めた頃の僕は、25メートルも泳げませんでした。1キロ走っただけで膝が痛くなる人間でした。それでも、ガイドと一緒に1ミリずつ積み上げてきて、今、こうしてミドルのスタートラインに立とうとしています。だから、このレースは僕にとって、ただの1レースではないんです。あの日テレビの前で動けなかった僕が、今ここまで来たという、その続きを書きにいく日なんです。
もうひとつ、正直な理由があります。レースは、練習では絶対に分からないことを、教えてくれるからです。練習は、自分のペースで、自分の都合のいい場所でやれます。でもレースは違う。知らないコース、その日の風、まわりの選手の流れ、緊張。練習でできていたことが、本番でどこまで通用するか。それは、出てみないと分かりません。だから僕は、レースを「答え合わせの場」だと思っています。点数をつけられにいくんじゃなくて、いまの自分とチームの実力を、正直に確かめにいく。そういう場として、このレースに出ます。
そして、このレースには、もっと大きな位置づけがあります。今週末のスワコエイトピークスは、9月の9月のIRONMAN(226km)に向けた、大事な通過点なんです。
IRONMANは、スイム3.8km、バイク180.2km、ラン42.2km。今週末のミドルの、ちょうど倍以上の距離です。僕は、そのIRONMANでサブ11時間——11時間を切るタイムに挑み続けています。9月のあの長い一日に向けて、5月から少しずつ練習を積み上げてきました。今週末のミドルは、その積み上げが、レースの距離でもちゃんと働くかを確かめる、いわば中間地点のチェックポイントです。
確かめたいことは、山ほどあります。スイムで、ロープの合図がきちんと伝わるか。バイクで、タンデムの二人の呼吸が、長い距離でも崩れないか。補給の段取りが、レースの緊張の中でも回るか。ペースの組み立ては、思った通りに進むか。これらは、練習でいくら確認しても、レース本番でもう一度確かめないと、本当の自信にはなりません。
だから、今週末のタイムは、僕にとって「その日の答えのひとつ」です。それ以上でも、それ以下でもありません。本当の目的は、ここで分かったことを9月に持っていって、IRONMANのスタートラインに、より強いチームで立つこと。今週末は、9月のための一日でもあるんです。点と点が、線でつながっていく。その途中の、大事な一点が、今週末です。
ここで、よく聞かれることに答えておきます。「見えないのに、どうやってトライアスロンを走るんですか?」という質問です。
答えは、シンプルです。ガイドと二人で、一つのチームになって進みます。視覚障害B2クラスのトライアスロンは、最初から最後まで「二人で一つ」。種目ごとに、繋がり方が違います。
つまり、僕のレースは、ロープ1本とタンデム1台で、二人の呼吸がずっと繋がっているんです。スタートからゴールまで、僕は一度も独りになりません。これは、見えない僕にとっての「制約」であると同時に、いちばんの「強み」でもあります。
始めたばかりの頃、僕はこの「繋がって進む」ことに、ずっと引け目を感じていました。「助けてもらう側」になるのが、情けなかった。でも、ガイドと何度もレースを重ねるうちに、はっきり分かったんです。これは、助けてもらっているんじゃない。どちらが欠けても成立しない、対等なチームなんだ、と。ガイドは僕の目になってくれる。そのかわり、僕はガイドを信じて、持てる力のすべてで進む。役割が違うだけで、上も下もありません。だから僕は、今週末のレースを「僕のレース」とは呼びません。僕たちのレースです。
レースの前の準備も、二人でやります。コースのどこにカーブがあるか、どこが上りで、どこに給水所があるか。ガイドと一緒に情報を頭に入れて、合図の言葉をすり合わせておく。「右いきます」「段差」「あと少しで上り」——本番でとっさに飛んでくる言葉を、二人で同じ意味として共有しておく。この準備があるから、当日、見えない僕でも、安心して体をあずけて進めるんです。
長いレースで、僕がいちばん気をつけていることのひとつが、補給です。これも、見えない僕ならではの段取りがあるので、書かせてください。
90kmを超えるレースでは、途中でエネルギーが切れると、体が一気に動かなくなります。だから、走りながら、決まったタイミングで、ジェルやドリンクで栄養と水分を入れていく必要があります。ここで大事なのが、「お腹が空いたら食べる」「喉が渇いたら飲む」では、もう遅いということです。空いたと感じてから入れても、間に合わない。
だから僕は、補給を「気合い」ではなく「時計」で管理します。「30分ごとにジェルをひとつ」「15分ごとにひと口飲む」というふうに、時間で機械的に決めておくんです。体の感覚に頼ると、見えにくさも緊張も重なって、判断がぶれます。でも、時計で決めておけば、調子が良くても悪くても、同じリズムで淡々と補給できる。感覚じゃなく、仕組みで体を守る。これが、僕のやり方です。
補給で、もうひとつ大事なのが「置き場所」です。見えない僕は、どこに何があるか分からないと、補給ひとつに大きな手間がかかります。だから、何を、どのポケットの、どこに入れておくか。バイクのどこにボトルを差しておくか。これを前日のうちにきっちり決めて、体に覚えさせておきます。当日、手が迷わないように。レースの最中に「あれ、どこだっけ」と探す時間を、1秒もつくらないように。補給は、走り出す前に、もう半分終わっているんです。
ここまで読んでくださって、もう気づかれたかもしれません。僕のレースは、当日の朝には始まらないんです。前日のうちに、もう始まっています。
明日6月27日(土)は、前日受付です。会場に行って、受付をして、コースの最終確認をして、道具をそろえます。僕にとっては、この前日が、レースのいちばん大事な時間かもしれません。
前日のうちに、ガイドと一緒に「考えること」を、全部終わらせます。道具の確認。タイヤの空気圧。ウェアやシューズの準備。補給の中身と置き場所。コースの情報共有。合図の言葉のすり合わせ。起きる時刻、会場に着く時刻、何を、いつ、どの順番でやるか。これらを前日のうちに決めきって、紙にも頭にも落としておきます。
そうすると、当日の朝に残るのは、たったひとつ。「動くこと」だけです。
当日の朝に「さあ、どうしよう」と考え始めるのは、僕にとっていちばん危ない。見えにくさがあると、考えごとが増えるほど、手が止まり、焦りが生まれます。だから、考える作業は前日に、当日は決めた通りに体を動かすだけ。気合いより段取り。これは、僕がIRONMANを完走してきた中で、何度も確かめてきた、いちばん信じている言葉です。(この考え方はこちらの記事に、もっと詳しく書きました。)
→ 当日の朝に残すのは「動くこと」だけ。
「本番に強くなりたい」と思っている方に、これだけは伝えたいんです。本番に強い人は、本番でいちばん頑張る人ではありません。本番までに、考えることを終わらせている人です。当日に考えごとを持ち込まないこと。それが、緊張する場面でも、いつも通りの自分でいられる、いちばんの近道だと思っています。
ここまで読んでくださった、あなたへ。最後に、お礼を言わせてください。
僕は、このブログを読んでくれているあなたのことも、僕のチームの一員だと思っています。レースを走るのは、ガイドと僕の二人です。でも、その背中を押してくれているのは、ここまで読んでくれている、あなたを含めた、たくさんの人たちです。練習を続けられるのも、こうしてレースに挑めるのも、支えてくれる人たちがいるからです。これは、きれいごとではなくて、僕の毎日の実感です。
レースの結果は、まだ分かりません。タイムがどうなるか、コースで何が起きるか、今の僕には分かりません。でも、ひとつだけ約束できることがあります。僕は、1ミリの行動を積み続ける人です。今週末も、前日までの段取りを終えて、当日は決めた通りに、ただ一歩ずつ進みます。そして、レースが終わったら——うまくいったことも、いかなかったことも、ぜんぶ正直に、このブログで報告します。良い結果も、悔しい結果も、隠さずに書きます。それが、応援してくれるあなたへの、僕なりの誠実さだと思っているからです。
もし、よかったら。日曜日、ほんの少しだけ、応援の気持ちを諏訪湖の方角に向けてもらえたら嬉しいです。SNSでひと言、心の中でひと声、それだけで十分です。それだけで、僕の背中は、ずいぶん軽くなります。支えられて、繋がる輪の中で、今週末も僕は進みます。
考えることは前日までに終わらせる。当日に残すのは、動くことだけ。
最後に、今週末の自分に向けて、手紙の締めを書かせてください。
日曜日の朝、スタートラインに立つ僕へ。緊張していると思う。当たり前だ。長い距離だし、知らないコースだし、まわりには強い選手がたくさんいる。でも、心配いらない。考えることは、前日までに全部終わらせてある。あとは、決めた通りに、体を動かすだけだ。
スイムでは、ロープ越しにガイドの呼吸を感じればいい。バイクでは、二人で同じペダルを、淡々と漕げばいい。ランでは、ガイドの声を信じて、隣を一歩ずつ進めばいい。補給は時計が教えてくれる。ペースは設計図が教えてくれる。君がやることは、目の前の1ミリを、ただ積むことだけだ。
そして、忘れないでほしい。31歳の、25メートルも泳げなかった僕が、ここまで来た。それだけで、もう十分にすごいことなんだ。タイムがどうであっても、君は、あの日テレビの前で動けなかった自分との約束を、今日も守っている。比べる相手は、隣の選手じゃない。昨日までの自分だけでいい。
9月のIRONMANは、その先にある。でも今日は、今日のレースだけを見よう。今週末の90kmを、ガイドと二人で、繋がる輪の中で、最後まで進みきろう。そして月曜日、このブログに、正直な報告を書こう。
——というわけで、今週末、諏訪湖で泳いで、漕いで、走ってきます。レースが終わったら、また、ここで会いましょう。あなたの大事な本番にも、この「気合いより段取り」が、ほんの少しでも役に立ちますように。いってきます。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人
2026年9月13日、IRONMANジャパンみなみ北海道(225.8km)に挑みます。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。日々の練習やレースの様子を発信しているので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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