27歳で緑内障、31歳で視覚障害者、そして13年勤めた会社からクビ。その僕が19年後、226kmのIRONMANを完走しています。あの日の自分には、絶対に想像できなかった未来です。
もしあなたが、今、「自分の体が、これからどうなるか分からない」という入口に立っているなら——。
もしあなたが、「キャリアが終わるかもしれない」という不安を抱えているなら——。
もしあなたが、「もう、何も信じられない」と感じる夜を過ごしているなら——。
この記事は、19年前の僕に届けたい言葉です。そして同時に、今、似た場所に立っているあなたへの手紙でもあります。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けています。
今日は、僕が27歳で緑内障と診断された日のこと、その後の歩みを、19年経った46歳の今、一次情報でお伝えします。
27歳のとき、僕は緑内障と診断されました。
それまで、僕は「普通に見えていた人生」を生きていました。会社員として働き、自分の将来を当たり前のように描いていた、ごく普通の20代。
「緑内障」と言われたとき、正直、すぐにはピンと来ませんでした。緑内障という言葉は知っていても、それが「自分の人生に何が起きるのか」までは、まだ分かっていなかったんです。
分かっていたのは、ひとつだけ。「これは、進行する病気だ」ということ。
27歳の僕は、その事実を頭で理解しても、心ではまだ受け止めきれていませんでした。
診断から4年。31歳で、僕は視覚障害者になりました。
27歳から31歳までの4年間は、「だんだん見えにくくなっていく」過程でした。視野が狭くなる。文字が読みにくくなる。夜の運転が怖くなる。日常の風景が、少しずつ、確実に、形を変えていく。
「中途失明」という言葉があります。生まれつき見えない人ではなく、途中から見えなくなる人のことです。
僕は、その「中途」を、4年かけて生きました。
視覚障害者になった後、僕は13年勤めた会社からクビになりました。
「働けなくなるかもしれない」という不安は、視覚障害になった瞬間から、ずっとありました。でも、現実にそれが起きたときの衝撃は、想像していたものより、ずっと大きかった。
「キャリアが終わる」。
「これからどうやって生きていくんだろう」。
「家族はどうなる」。
頭の中で、いろんな言葉がぐるぐる回りました。
視覚障害になっても、まだ「働ける場所がある」と信じていた自分が、その信念を一度、置かなければいけなくなった瞬間でした。
絶望の中で、僕は一つの決断をしました。
「もう一度、学び直そう」と。
筑波技術大学に入り、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取りました。視覚障害があっても、自分の手で人を癒し、自分の手で生活を立てられる仕事を、もう一度、自分のものにしたかった。
そして、その後、僕はサイネオス・ヘルス・ジャパンという会社に、アスリート雇用という形で所属することになりました。
「働けなくなる」と思っていた僕が、再び働いている。
「キャリアが終わる」と思っていた僕が、新しいキャリアを歩んでいる。
「終わりだ」と思っていた人生が、まだ続いている。
これらは、27歳の僕には、絶対に想像できなかった未来です。
46歳の今、僕はこんな場所にいます。
視覚障害B2クラスで、226kmのトライアスロンを完走しました。タイム13時間14分17秒。パラトライアスリート部門(PCクラス)3位。
2年連続で完走。タイム15時間08分45秒。PCクラス2位。
9月のIRONMANで、サブ11時間(11時間切り)のギネス世界記録に挑み続けています。妻、盲導犬シュクレ、ガイドの平川さん・河原さん、応援してくれる多くの人たちと一緒に。
27歳の僕は、「IRONMAN」という競技の名前すら、知らなかったと思います。それが今、僕の人生の真ん中にあります。
君は今、たぶん怖いと思う。
「これからどうなるんだろう」と、何度も自分に問いかけていると思う。
その怖さ、19年経った今でも覚えてる。だから「大丈夫だよ」とか、軽い言葉で済ませることはしない。怖いのは、当然のことだ。
でも、ひとつだけ、伝えておきたい。
君が想像している「最悪」より、君の人生は、もっと豊かなものになる。
君は、視覚障害者になる。13年勤めた会社をクビになる。それは、本当に起きる。覚悟しておいて。
でも、そこから先のことを、君はまだ知らない。
これらを、君は信じられないと思う。今の君に「IRONMANを完走するよ」と言っても、たぶん「無理」と返してくる。
でも、本当に起きる。一つずつ、ゆっくり、確かに起きる。
だから、今は、怖くてもいい。落ち込んでもいい。泣いてもいい。
ただ、その日々の中で、「1ミリの行動」だけ、続けてほしい。
朝、起きること。
今日できる、小さなことをすること。
明日、また起きること。
それだけでいい。それだけで、君は19年後の僕にたどり着く。
君が想像していなかった景色を、一緒に見るために。
——46歳の僕より
この記事を読んでくれているあなたが、もし今、似た場所に立っているなら——。
視覚障害かもしれない。
別の病気かもしれない。
仕事を失ったばかりかもしれない。
家族を看取った直後かもしれない。
「もう何も信じられない」夜を、過ごしているかもしれない。
僕は、あなたの状況を完全には知りません。だから、上から目線で「大丈夫」と言うことはしません。
でも、一つだけ、お伝えしたい。
「弱さ」と「行動」は、両立します。怖くても、不安でも、絶望していても、人は1ミリだけ動けます。そして、1ミリの行動を続けた人だけが、自分が想像していなかった景色にたどり着きます。
27歳の僕は、絶望していました。でも、絶望しながら、毎日の小さなことを続けていました。絶望と行動は、矛盾しない。
19年経った今、僕はその「絶望しながら続けた1ミリ」が、今の自分を作ったと、確信しています。
もしあなたが、今、何もできないと感じているなら、こんな小さなことから始めてみてください。
これらは、僕が視覚障害になってから、毎日続けてきたことです。すごいことじゃない。「めんどくさい」と戦いながらやっている、小さな小さなことです。
でも、これが19年積み重なると——、人は本当にIRONMANを完走できるんです。
あなたの19年後を、僕は知りません。
でも、1ミリの行動を続けてくれたら、あなたの19年後は、必ずあなたの想像を超えます。
あなたの今が、たとえ絶望の入口でも。
あなたの未来が、まだ見えなくても。
あなたの一歩が、まだ踏み出せなくても。
それでも、僕は伝えたい。
あなたの19年後は、あなたが想像しているより、ずっと豊かなものになる。
それを信じる必要は、ありません。「無理」と思っていていい。
ただ、今日、1ミリだけ、動いてみてください。
明日も、また1ミリ。
その積み重ねの先で、いつか、あなたと僕の景色が交わる日を、楽しみにしています。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、人生現役で挑み続ける