助けようとして、いきなり腕をつかんだり、白杖を引っぱったり。よかれと思ったその一手が、なぜ相手を驚かせてしまうのか。当事者の側から、順番のコツをお伝えします。
もしあなたが、街で白杖を持った人や盲導犬を連れた人を見かけて、「声をかけたいけど、どうすれば」と迷ったことがあるなら——。
もしあなたが、よかれと思って手を貸したのに、相手を驚かせてしまった経験があるなら——。
もしあなたが、「気を遣いすぎかな」と、結局そのまま通り過ぎてしまったことがあるなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けながら、ここ3〜4年は年間50回前後で講演に登壇しています。普段は盲導犬シュクレと一緒に、電車に乗って、街を歩いて、暮らしています。
今日は、当事者の僕から、「視覚障害のある人を見かけたときの、声のかけ方」をお伝えします。難しいマナーの話ではありません。ほんの少しのコツを知るだけで、あなたの優しさが、ちゃんと相手に届くようになる。そのための、温かい手紙のつもりで書きます。
結論から書きます。
視覚障害のある人を見かけて、何か手伝えそうだなと思ったら、かける言葉はこれです。
「何か、お手伝いしましょうか?」
これだけで、十分です。完璧な手助けの方法を知っている必要はありません。大事なのは、まず声をかけてくれること。そのひとことが、僕たちにとって、どれだけ心強いか。
僕は視覚障害B2なので、世界を「音」で感じています。だから、誰かが近くで声をかけてくれると、その存在がはっきり分かる。「あ、ここに気にかけてくれている人がいる」と分かるだけで、ふっと安心するんです。
「どう手伝えばいいか分からないから、声をかけられない」——これは、とてももったいない遠慮です。手伝い方は、声をかけたあとに、本人に聞けばいい。「どうしたら一番いいですか?」と。僕たちは自分の助けてほしい形を知っています。だから、最初の一歩は、ただ声をかけてくれるだけでいいんです。
優しさが、すれ違ってしまう一番多いパターンがこれです。
助けようとして、いきなり腕をつかんだり、白杖を引っぱったりする。気持ちはとてもありがたい。でも、見えていない側からすると、突然どこかをつかまれるのは、とても驚いてしまうんです。
白杖は、僕たちにとって、目の代わりです。地面の情報を読み取る、大切な相棒。それを急に握られると、足元の情報が一瞬で分からなくなって、かえって不安になります。
触れる前に、まず声。順番が逆になるだけで、優しさはちゃんと届きます。
もし誘導するなら、「僕の肘につかまってください」と、相手に主導権を渡すのがいいと聞きます。引っぱるのではなく、つかんでもらう。半歩前を、ゆっくり歩く。これだけで、見えていない側はずっと安心して歩けます。でも、その前に必ず「ご案内しましょうか?」のひとこと。これが何より先です。
盲導犬シュクレと歩いていると、たくさんの人が、優しい目を向けてくれます。それは本当にうれしい。でも、ひとつだけ、お願いがあります。
仕事中の盲導犬には、声をかけたり、触ったり、食べ物をあげたりしないでください。
かわいいから、つい「かわいいね」と声をかけたくなる気持ちは、すごく分かります。でも、ハーネスをつけて歩いているとき、シュクレは「仕事中」です。僕の安全を守るために、集中してくれている。そこで誰かが声をかけたり撫でたりすると、シュクレの注意がそれてしまう。それは、僕の安全に関わることなんです。
盲導犬は、ハーネスをつけている間は、ずっと僕に気を配ってくれています。家に帰ってハーネスを外せば、ただの甘えん坊。シュクレなんて、訓練士さんに「ちょっと繊細な子」と言われたのに、初日からおなかを出して寝ていたくらいです。でも、外で働いているときは別。あの集中を、そっと見守ってもらえたら、それが一番うれしいんです。
もし「撫でてもいいですか?」と聞いてくれたら、僕は状況を見て答えます。聞いてくれること自体が、すでに最高の配慮です。シュクレへの優しい気持ちは、「見守る優しさ」に変えてもらえたら、僕も相棒も、本当にありがたいです。
特にお願いしたいのが、食べ物をあげないこと。盲導犬は、決められた時間に、決められた食事をとるように育てられています。よかれと思っておやつをあげてしまうと、その子の体調管理が崩れてしまう。かわいいから何かしてあげたい、その気持ちはとてもうれしいのですが、シュクレにとって一番のごほうびは、仕事に集中させてあげることなんです。そっと見守ってもらえること。それが、僕と相棒への、何よりの優しさになります。
これは、意外と知られていないけれど、すごく大事なことです。
手伝ってくれたあと、その場を去るときにも、一言かけてほしいんです。
「ここで失礼しますね」「あとは大丈夫そうですか?」——そのひとことがあるだけで、僕は「あ、もう一人になったんだな」と分かります。
逆に、何も言わずに静かにいなくなられると、見えていない僕は、まだそこに人がいると思って話しかけてしまうことがあります。お礼を言おうとしたら、もう誰もいない。ちょっと、切ない瞬間です。
始まりに「お手伝いしましょうか」、終わりに「ここで失礼します」。この2つの声かけで、関わりがきれいに完結します。
来るときも、去るときも、声で教えてくれる。たったそれだけのことで、見えない世界はぐっと安心できるものになります。
もうひとつ、知っておいてもらえると、すごく助かることがあります。それは、目に映っている状況を、言葉にして教えてくれることです。
僕は視覚障害B2なので、まったく見えないわけではありませんが、細かい状況を目だけで把握するのは難しい。だから、誰かが言葉で説明してくれると、頭の中に地図が描けて、ぐっと動きやすくなります。
たとえば、「3歩先に、20センチくらいの段差があります」「右手に手すりがありますよ」「この先、人が並んでいます」。こんなふうに、具体的に言葉で教えてもらえると、本当にありがたい。逆に、「あ、そこ危ない!」とだけ言われると、どこが、どんなふうに危ないのか分からなくて、かえって身構えてしまうんです。
指をさして「あっち」「そっち」と言われても、見えていない側には伝わりません。「右」「左」「何歩先」「何センチくらい」——時計の文字盤にたとえて「2時の方向」と言ってくれる人もいて、これもとても分かりやすい。見えている景色を、そのまま言葉に翻訳してくれる。その一手間が、僕たちにとっては、目の代わりになるんです。
これは、エレベーターやお店の中など、初めての場所で特に助かります。「ボタンは胸の高さの右側にありますよ」と言ってもらえるだけで、自分で操作できる。全部やってもらうより、状況さえ分かれば、自分でできることはたくさんあるんです。
もう少し具体的な場面の話もしておきます。僕は盲導犬シュクレと一緒に、電車に乗って移動することが多いので、駅やホームでの声かけは、とても身近なテーマです。
駅のホームは、視覚障害のある人にとって、実はとても緊張する場所です。僕が盲導犬と暮らすことを選んだのも、もともとは、ホームから落ちそうになった経験がきっかけでした。だからこそ、ホームでの一声は、本当にありがたい。
「電車が来ますよ」「ドアはすぐ右にあります」「降りる方が先にいます」——こんなふうに、状況を言葉で添えてくれると、僕は安心して動けます。混んでいて流れが読めない時に、「今、人が降りています」と教えてもらえるだけで、いつ動けばいいかが分かる。声をかけるのが照れくさければ、「お手伝いしましょうか?」のひとことだけでも十分です。
もし、ホームの端のほうへ近づきすぎている人を見かけたら、遠慮なく「危ないですよ、もう少し内側です」と声をかけてください。その一声が、誰かの安全を守ることになります。これは、おせっかいなんかじゃありません。命に関わる場面では、声をかけてくれることが、何よりの優しさです。
電車に乗ったあとも、「ここ、席が空いていますよ」と教えてもらえると助かります。ただし、無理に座らせようとしなくて大丈夫。「立っているほうがいいです」という人もいます。だからここでも、大事なのは、本人に聞くこと。「座りますか? それとも、このままがいいですか?」。その一言で、相手の希望に寄り添えます。
ここまで読んで、「気をつけることが多くて難しいな」と感じた方がいるかもしれません。でも、僕が一番お伝えしたいのは、その逆です。
僕は、「気を遣う人」と「気を遣ってくれる人」は違うと思っています。
「気を遣う」というのは、相手にどう思われるかを心配して、結局、何もできずに固まってしまう状態。間違えたら失礼かな、変に思われたらどうしよう——そう考えすぎて、声をかけられなくなる。
一方で「気を遣ってくれる」というのは、相手のことを思って、まず動いてくれること。手伝い方が完璧じゃなくてもいい。声のかけ方が少しぎこちなくてもいい。その「気にかけてくれた」という事実こそが、僕たちにとって何よりうれしいんです。
実際、僕に声をかけてくれる人の多くは、最初はちょっと緊張しているのが伝わってきます。声が少し上ずっていたり、言葉を探していたり。でも、それでいいんです。むしろ、その一生懸命さが、まっすぐ伝わってきて、温かい気持ちになる。完璧にスマートな手助けより、たどたどしくても心のこもった一声のほうが、ずっと心に残ります。だから、上手くやろうと気負わなくて大丈夫。あなたの「気にかけたい」という気持ちは、必ず届いています。
失敗を恐れて何もしないより、少しぎこちなくても声をかけてくれるほうが、何倍もありがたい。間違えても、「すみません、どうすればいいですか?」と聞き直してくれればいい。僕たちは、あなたの優しさを、上手さで採点したりしません。向けてくれた気持ちそのものを、受け取っています。
声のかけ方の話を、特別なことのように書いてきましたが、本当は、すごくシンプルです。
困っていそうな人がいたら、声をかける。相手の「どうしたい」を聞く。一緒に解決策を探す。去るときは一声かける。これは、視覚障害があってもなくても、人と人との間で起きる、ごく当たり前のやりとりです。
僕は、助けてもらうことを弱さだとは思っていません。助ける人と助けられる人ではなく、同じ場面を一緒に乗り越える、対等な仲間。声をかけてくれたあなたと僕は、その瞬間、ちょっとしたチームです。
助けてもらうことは弱さじゃない。声をかけてくれることは、おせっかいじゃない。お互いさまの、対等な関わりです。
もしあなたが、これまで「声をかけたいけど、勇気が出なかった」なら——。
次に白杖の人や盲導犬を見かけたら、どうか、こう言ってみてください。
「何か、お手伝いしましょうか?」
触れる前に、まず声。盲導犬は、そっと見守る。去るときも、一言。覚えてほしいのは、これだけです。あとは、相手に聞けば教えてくれます。
あなたのその一声で、誰かの一日が、少しだけ歩きやすくなります。気を遣いすぎて立ち止まるより、気にかけて一歩踏み出してくれる。その優しさを、僕は街のどこかで、心から待っています。
できる/できないじゃなく、どうやったらできるか。声をかけ合えば、街はもっと、一緒に歩ける場所になります。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
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