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📅 2026.06.16 | RYU NAKAZAWA
💪 挑戦

スイム3.8km、ロープで繋がって泳ぐ|視覚障害B2とガイドの合図の物語

⏱ 約10分で読めます(6,658字)
オープンウォーターをガイドと泳ぐ中澤隆

海の中で、ロープが左へすっと引かれる。それが僕にとっての「左折のウインカー」。声のいらない、ガイドと僕だけの合図で、3.8kmを泳ぎ抜きます。

もしあなたが、海の中で「見えない」って、どんな感覚なんだろうと想像したことがあるなら——。

もしあなたが、「言葉なしで気持ちを伝える」という関係に、興味があるなら——。

もしあなたが、信頼ということを、もう一度、深く考えたいなら——。

この記事は、あなたのためのものです。

こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けています。

IRONMANは、スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195km。合わせて226kmを、一日で泳ぎ、漕ぎ、走り抜ける競技です。その一番最初に待っているのが、海でのスイム3.8kmです。

今日は、その3.8kmを、僕がどうやって泳ぎ抜いているのか——ガイドとロープで繋がって泳ぐ世界を、できるだけ僕自身の言葉で、一次情報でお伝えします。読み終わるころには、「見えない海を、ロープ1本で渡る」という感覚が、少しだけあなたにも伝わっていたら嬉しいです。

📖 この記事の目次
  1. 海の中で、何も見えない
  2. ロープで繋がるってどういうこと?
  3. 合図は「言葉」じゃない、ロープと体で伝える
  4. 海の中では、割り切る
  5. 事前の段取りが、3.8kmを支える
  6. 3.8kmは、1ミリの行動の積み重ね
  7. 3.8km泳ぎ終わって、最初の言葉
  8. あなたへ——あなたの「ロープ」

海の中で、何も見えない

視覚障害B2の僕がスイムをすると、まず大前提として——海の中で何も見えません

陸の上でも見えにくいのに、海の中は当然もっと見えない。
ゴーグルの向こうは、ただ青いような、白いような、ぼやけた光があるだけ。輪郭も、距離も、ありません。

陸を走っているときは、まだいいんです。足の裏に地面の感触があるし、ガイドとロープで腰を結んで並走していれば、「今、まっすぐ進んでいる」という手がかりがあります。

でも、海の中には、その手がかりがほとんどありません。
水に浮いていると、上も下も、右も左も、自分がどこを向いているのかさえ、だんだん分からなくなってくる。

陸の上で目を閉じてその場で10回まわってみてください。
立っているだけでも、もうどっちが正面か分からなくなりますよね。
海の中の僕は、ずっとあれに近い感覚の中で、3.8kmを泳いでいます。

普通の人でも、海のスイムは怖いと言います。
プールと違って、足はつかないし、壁もない。コースロープもない。
視覚障害B2の僕にとって、それは文字どおり「見えない世界での3.8km」です。

では、どうやって泳ぐのか。答えは、ガイドとロープで繋がるという技術です。
僕は、自分だけの力で泳ぎ切っているのではありません。いつも、すぐ隣にガイドがいる。その人が、僕の見えない世界を、ロープ1本で繋ぎとめてくれています。


ロープで繋がるってどういうこと?

パラトライアスロンでは、視覚障害の選手はガイドとロープで繋がって泳ぎます

このロープが、僕にとっての「目」であり「方向」であり「安心」です。

ロープの長さは、お互いの邪魔にならない程度。事前にガイドと相談して、何センチにするかを決めます。
長すぎると合図が伝わりにくいし、お互いの位置がぶれてしまう。
短すぎると、腕を回したときに手が当たってしまって、二人とも泳ぎづらい。
だから、ちょうどいい長さを、二人で何度も泳ぎながら探していきます。

ロープは、お互いの腰や太もも、または手首に結びます。
どこに結ぶかも、人によって、ペアによって違います。
僕とガイドは、お互いがいちばん合図を感じ取りやすい場所を、相談して決めています。

そして、二人並んで泳ぐ。
役割は、はっきり分かれています。

つまり、二人で一人分の「泳ぐ力」と「見る力」を分担しているんです。
僕が方向まで気にしようとすると、泳ぎが乱れる。ガイドが泳ぎまで僕の代わりにはできない。
だから、お互いの役割を信じて、ロープ1本に預ける。

ロープが、見えない僕とガイドを、海の中で繋いでくれています。
このたった1本のロープが、僕の3.8kmの命綱です。


合図は「言葉」じゃない、ロープと体で伝える

海の中で、ガイドは僕に何を伝えるか。

言葉では伝わりません。なぜなら、二人とも顔を水に沈めて泳いでいるからです。
水の中で「右だよ」「左だよ」と叫んでも、聞こえません。
顔を上げて話している時間もありません。その間にも、コースはどんどん進んでいくからです。

だから、ガイドはロープの引っ張りと、体の接触で僕に合図を送ります。
声のいらない、僕とガイドだけの「言葉」です。

そして、すべての合図の土台になる、いちばん大事な約束があります。
大前提として、ガイドは僕の左側で泳ぎます。毎回、必ず、左側。
これが固定されているから、僕は「左側から伝わってくるもの」を信じればいい。位置が毎回変わったら、合図の意味そのものが分からなくなってしまいます。

左に曲がる

ガイドが伴走ロープを左側に引っ張る
僕はそれを感じて、進行方向を左に変えていく。
ロープが左へ引かれる、その小さな力の変化が、僕にとっての「左折のウインカー」です。

右に曲がる

ガイドが僕の左側に、体をぶつけてくる
押された分、僕は自然と右へ進んでいく。ロープではなく、体で「右」を伝えてくれる。
左から体が当たってくる感覚——それが「右へ寄って」という合図です。慌てる必要はなくて、押された方向へ、素直に進むだけ。

ペースを上げる

ガイドがロープを引っ張る。引っ張られた分、僕はペースを上げる。
逆に「ペースを落とす」合図はありません。途中で緩めたり止まったりせず、淡々と前へ進み続けます。
だから僕の中には「ここで休もう」という選択肢が、そもそもありません。前へ、前へ。ペースは上げることはあっても、止めることはない。

何かが起きた時

ガイドが僕の体を手でトントンと叩く
これが「何かあるよ」の合図。叩かれたら、ガイドの次の動きに集中する。
僕には見えていない「何か」が、前にあるのかもしれない。だからこの合図が来たら、いつも以上にロープと体に神経を集中させます。

これだけです。
たった四つ。
シンプルだからこそ、海の中の混乱の中でも、間違えずに伝わる。

言葉をたくさん用意するより、合図を絞る。
これも、見えない世界で僕が大事にしている考え方の一つです。選択肢を増やすほど、本番で迷う。だから、伝えることは最小限に削ぎ落とす。


海の中では、割り切る

海のスイムでは、思い通りにいかないことが、必ず起きます。
でも僕は、いちいち慌てません。慌てたら、その分だけ泳ぎが乱れて、もっと苦しくなるからです。

他の選手がぶつかってきた時

3.8kmのスイムは、大勢が同じ海で一斉に泳ぎます。スタートの合図と同時に、何百人もが同じ方向へ泳ぎ出す。だから、序盤は特に、体と体がぶつかり合います。他の選手が近づいてきても、見えない僕に避ける手立てはありません。ぶつかったら、ぶつかったまま。それだけです。避けようとして乱れるより、淡々と前に進む。

波が来た時

波で揺られても、特別なことはしません。「泳ぎづらいな」と思うだけ
波と戦っても仕方ない。思い通りに進まないことを受け入れて、また1ストローク、前に進みます。波を恨んでも、波はなくなりません。だったら、波がある前提で、ただ淡々と泳ぐ。

ここで誤解しないでほしいのは、僕は「我慢強いから」割り切っているわけではない、ということです。

そうではなくて——コントロールできないことに力を使うのが、いちばんもったいないと知っているからです。

他の選手がぶつかってくるかどうか。
波がいつ来るか。
それは、僕にはどうにもできません。
どうにもできないことに腹を立てたり、怖がったりしている間に、3.8kmはどんどん長くなっていきます。

見えない世界で大事なのは、コントロールできないことを手放すこと。
そして、コントロールできることに、全部のエネルギーを注ぐこと。
できるのは、ガイドを信じて、1ミリの行動を続けることだけです。

「ぶつかったら、ぶつかったまま」。
この割り切りは、冷たさではありません。
僕にとっては、前へ進み続けるための、いちばん優しい考え方なんです。


事前の段取りが、3.8kmを支える

ここまで読んで、「本番、よくそんなに落ち着いていられるな」と思った方がいるかもしれません。
その理由は、はっきりしています。

本番の3.8kmは、事前の段取りで、ほとんど決まっているからです。

僕は即興が、とても苦手です。
その場の判断で何かを変えるのは、見えない海の中では特に危ない。
だからこそ、本番までに「決められることは、全部決めておく」。これが僕のやり方です。

事前に二人で決めること

たとえばウエットスーツの装着順。
「そんな細かいこと?」と思うかもしれません。
でも、本番の朝は、誰でも緊張しています。緊張していると、見える人でも手順が飛びます。見えない僕なら、なおさらです。

だから、「まず右脚、次に左脚、次に……」と、毎回まったく同じ順番にしておく。
そうすると、頭で考えなくても、手が勝手に動く。
本番の朝に「あれ、どっちからだっけ」と迷う時間が、ゼロになります。

呼吸のサイドも同じです。
ガイドが僕の左側にいるので、合図を感じ取りやすいように、呼吸の向きもあらかじめ決めておく。
こうした一つひとつの「決め」が、本番の混乱を減らしてくれます。

水温やコース、スタート位置は、前日に二人で確認します。
僕には海の様子が見えないので、ガイドが見て、言葉で教えてくれる。
「今日はこういう海だよ」と前日に共有しておくだけで、当日の不安がぐっと小さくなります。

これだけ決めておくと、本番で考えることは、ほぼゼロ。
体が、決めたことを自動的に実行するだけです。
本番は、決めたことを信じて泳ぐ時間。考える時間ではありません。

そして、これはスイムだけの話ではありません。
バイクは二人乗りのタンデム自転車で、前後に乗って二人で漕ぎます。ランはロープで腰を結んで並走します。
種目が変わっても、根っこは同じ。事前にガイドと決めて、本番はそれを信じて実行する。これがIRONMANを通しての、僕とガイドのやり方です。


3.8kmは、1ミリの行動の積み重ね

3.8kmという長い距離を、どうしたら泳ぎ切れるか。

答えは——「1ミリの行動を、何千回も繰り返すだけ」です。

1ストローク。
また1ストローク。
また1ストローク。

1回の腕の動きは、たった数十センチ前に進むだけ。
でも、それを何千回繰り返すと、3.8kmになる。

もし僕が、スタートの瞬間に「これから3.8kmも泳ぐのか」と全体を考えてしまったら、その重さに押しつぶされてしまいます。
3.8kmは、想像すると、とてつもなく長い。
気合いで3.8km泳ごうとすると、最初の500mで疲れてしまう。
体力ではなく、気持ちが先に折れるんです。

だから僕は、「3.8km」を考えません。
考えるのは、いつも「次の1ストローク」だけ。
今、目の前の一かきを、ていねいにやる。それを、ただ淡々と続ける。

1ミリの行動の積み重ねで泳ぐと、不思議と淡々と続けられる。
気づいたら、500mが過ぎている。1kmが過ぎている。
そしていつの間にか、3.8kmを泳ぎ終えている。

これは、僕が講演でもいちばん伝えたいことの一つです。
大きなことを成し遂げる人は、特別な気合いを持っている人ではありません。
小さな1ミリの行動を、誰よりも長く、淡々と続けられる人です。

視力を失っていく中で、僕がたどり着いたのが、この「1ミリの行動」という考え方でした。
一気に変えようとせず、今日の一歩だけに集中する。
海の3.8kmも、IRONMANの226kmも、そして人生も——全部、1ミリの積み重ねでできています。


3.8km泳ぎ終わって、最初の言葉

3.8km泳ぎ終わって、海から上がった瞬間。
足の裏に、地面の感触が戻ってくる。
ぼやけた青い世界から、また陸の世界へ。

その瞬間、僕がガイドに伝える言葉は、いつも同じです。

「ありがとう」

1時間20分前後。
その間ずっと、ガイドは僕の見えない世界を、ロープで支えてくれていました。
自分も同じ3.8kmを泳ぎながら、コースを見て、ブイの位置を判断して、僕に合図を送り続けてくれた。

だから僕は、「お疲れさま」とは言いません。
「お疲れさま」は、お互いをねぎらう言葉。
でも僕の正直な気持ちは、それよりもっと深いところにあります。

「ありがとう」
ガイドがいなかったら、僕は今、ここに立っていない。
海の真ん中で、方向を見失って、立ち止まっていたかもしれない。
その僕を、ここまで連れてきてくれたのは、ガイドのロープです。

この「ありがとう」は、3.8kmの最後の1ストロークみたいなものです。
泳ぎの締めくくりであり、次のバイク、次のランへ進むための、最初の一歩でもある。
言葉にすることで、僕は「支えられて、ここまで来た」という事実を、もう一度かみしめます。


あなたへ——あなたの「ロープ」

視覚障害B2の僕は、海の中で、ロープなしには泳げません。
ガイドという、もう一人の存在が、絶対に必要です。
それは、弱さではなくて——僕にとっては、前に進むための、いちばん確かな方法です。

ここまで読んでくださったあなたに、一つだけ、問いかけさせてください。

あなたにも「ロープ」がありますか。

あなたの人生で、見えない世界に踏み出すとき、引っ張ってくれる人・引っ張られている人はいますか。

僕とガイドのロープは、目に見えます。
でも、あなたと、あなたの大切な人を繋いでいるロープは、目には見えないかもしれません。
それでも、確かにそこにある。あなたが進もうとするとき、そっと方向を教えてくれて、迷ったときに引っ張ってくれる——そんな存在が、きっといます。

そのロープを、大事にしてください。
そして、あなたも誰かの「ロープ」になってください。
あなたが誰かの方向を照らし、誰かが見えない海を渡るのを、支える側にもなれます。

長い距離は、ロープなしでは泳げません。
人生という長い距離も、きっと同じです。
支えられて、繋がる輪の中で、僕たちは前へ進んでいきます。

見えない世界は、ロープでだけ渡れる。気合いじゃなく、信頼と、1ミリの行動で。

あなたの今日が、誰かと繋がる、温かい1ミリでありますように。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


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2026年9月13日、IRONMANジャパンみなみ北海道(225.8km)に挑みます。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。日々の練習やレースの様子を発信しているので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。

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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。

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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
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