「見えないのに、どうして笑顔なんですか?」——講演のあと、子どもがまっすぐそう聞いてくれた瞬間が、僕はいちばん嬉しいんです。
もしあなたが、人に質問するとき、「こんなこと聞いていいのかな」とためらうなら——。
もしあなたが、誰かの話を聞いて、心が動いた経験があるなら——。
もしあなたが、まっすぐな言葉に、はっとさせられたことがあるなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。
今日は、講演を続けてきて出会った「質問」の話をします。年間50回前後、いろんな場所で話していると、本当にたくさんの質問をもらいます。その中で、一番嬉しかった質問の種類と、正直、一番困った質問の種類について、書いてみたいと思います。
講演では、話したあとに、必ず質問の時間をとります。
実は、僕はこの時間が大好きです。話している間よりも、質問をもらっている時間のほうが好きかもしれない、と思うことすらあります。なぜなら、質問には、その人が本当に知りたかったこと、心に引っかかったことが、ぎゅっと詰まっているからです。準備した話を一方的に届けるだけでは分からない、相手の本音が、質問という形で返ってくる。それが、たまらなく嬉しいんです。
理由があります。僕は目が見えにくいので、聞いてくれている人の表情が分かりません。
講演の冒頭では、いつも「うなずきや拍手や声で、反応を教えてください」とお願いするのですが、それでも、一人ひとりが何を感じてくれたかまでは、なかなか分かりません。
でも、質問をしてもらうと、その人が何に興味を持ってくれたのか、何を受け取ってくれたのかが、まっすぐ伝わってくるんです。
質問は、僕にとって、相手の心が見える「窓」のようなもの。だから、好きなんです。
話している間、僕は、会場の空気を全身で感じ取ろうとしています。
笑い声、息をのむ気配、静まりかえる瞬間。表情が見えないぶん、耳と肌で受け取ろうとする。それでも、一人ひとりが本当のところ何を思ったかは、なかなか分かりません。だからこそ、質問の時間に手が挙がると、「ああ、届いたんだな」と、ほっとするんです。
今日は、その中でも特に印象に残る、2つの「種類」の質問について書きます。固有名や特定の場面ではなく、質問の「種類」として読んでもらえたら嬉しいです。
9年近く、年間50回前後のペースで登壇してきました。延べにすれば、ものすごい数の質問をもらってきたことになります。その中で、僕の中にずっと残っている、2つの種類です。
まず、一番嬉しい質問の種類から。
それは、子どもたちの、素朴でまっすぐな質問です。
子どもは、遠慮をしません。思ったことを、そのまま聞いてくれます。
「好きなアニメは何ですか?」「趣味は何ですか?」「見えなくて、困っていることは何ですか?」
こういう質問が、僕は大好きなんです。
大人だと、こういう質問は、なかなか出てきません。
「障害のある人に、好きなアニメなんて聞いていいのかな」「失礼にならないかな」。そんなふうに気をつかって、飲み込んでしまう。その気づかいも、もちろんありがたいものです。でも子どもは、そういうフィルターを通さずに、まっすぐ聞いてくれる。その素直さが、かえって僕の心を軽くしてくれるんです。
なぜかというと、子どもたちは、「視覚障害者」というくくりじゃなくて、「中澤隆という一人の人間」に興味を持ってくれているからです。
肩書きでも、障害でもなく、まず「人」を見てくれる。
あの素直なまなざしに、毎回こちらが元気をもらっています。
大人だと、気をつかって、聞きたいことを飲み込んでしまうこともあります。
でも子どもは、思ったことをそのまま口にしてくれる。その「飾らなさ」が、僕にはたまらなく嬉しいんです。遠慮されるより、まっすぐぶつけてもらえたほうが、ずっと心が通う気がします。
子どもたちの質問の中でも、特にはっとさせられるのが、こういう種類のものです。
「見えないのに、どうして笑顔なんですか?」
「目が見えなくて、つらくないんですか?」
大人なら、気をつかって飲み込むかもしれない質問。
でも子どもは、まっすぐ聞いてくれる。その素直さに、毎回こちらが考えさせられます。
こういう質問をもらうと、僕は逆に、自分の原点を思い出します。
たしかに、見えなくなった頃は、笑顔どころじゃありませんでした。
夜になるのが怖くて、家にいると不安でいっぱいで。
でも、トライアスロンに出会い、ガイドという仲間ができ、講演で人と話すようになって、僕は少しずつ笑えるようになりました。
だから、「どうして笑顔なんですか?」と聞かれたら、僕はこう答えます。「見えなくなって失ったものもあるけれど、その分、出会えた人や挑戦があるからです」と。
不思議なんですが、僕は今、目が見えていた頃よりも、ずっと充実した毎日を過ごしています。
だから、嘘の笑顔をつくっているわけじゃないんです。本当に、今が楽しい。その気持ちを、子どもの質問が、まっすぐ引き出してくれます。
子どもの素朴な質問は、僕に、自分の歩いてきた道を、もう一度まっすぐ言葉にさせてくれるんです。
答えながら、「ああ、僕はちゃんと前に進んできたんだな」と、自分でも確かめられる。だから、子どもの質問は、僕にとって、鏡のような存在でもあります。
一方で、正直に言うと、答えに少し困る種類の質問もあります。
その代表が、「どうやって、収入を得ているんですか?」という、お金にまつわる質問です。
これは、大人からよく聞かれます。決して悪気のある質問ではありません。
「障害があっても、どうやって生活を成り立たせているんだろう」という、切実で、現実的な関心からくる質問だと分かっています。
ただ、お金の話というのは、答え方が難しいんです。
人によって状況はまったく違うし、僕の答えがそのまま誰かに当てはまるわけでもない。「こうすれば稼げますよ」と、簡単に言えるものではありません。
それに、僕がたどってきた道は、決してまっすぐではありませんでした。
一度は仕事を失い、回り道をして、いろんな人に支えられて、今があります。だから、「こうすれば大丈夫」なんて、軽々しくは言えない。むしろ、簡単に答えてしまうことのほうが、その人に対して不誠実な気がしてしまうんです。
だから、こういう質問をもらうと、僕は一瞬、言葉を選びます。
それでも、ごまかさずに、僕にできる範囲で、正直に答えるようにしています。
「困る」と書きましたが、正確に言うと、「嫌な質問」ではありません。
答え方が難しいだけで、聞いてくれること自体は、ありがたいんです。お金の話は、本当は誰もが気になっているのに、なかなか口に出せないこと。それを正面から聞いてくれるのは、それだけ真剣に自分の生き方を考えている証だと思うからです。
どうして、答えにくい質問にも、ちゃんと向き合うのか。
理由は、はっきりしています。
その質問の奥には、たいてい、その人自身の不安や悩みがあるからです。
「どうやって稼ぐか」と聞いてくる人の中には、自分や家族の将来を、本気で心配している人がいます。
だから、その質問を軽く受け流すことは、僕にはできません。
僕がいつも大事にしている言葉があります。
「できるか・できないか」じゃなくて、「どうやったら、できるか」。
お金の質問に対しても、「障害があるから無理」ではなく、「どうやったら、自分らしく働き続けられるか」を、一緒に考える入り口にできたらと思っています。
完璧な答えは出せなくても、向き合う姿勢だけは、ごまかしたくないんです。
僕自身、一度は仕事を失った人間です。
13年勤めた会社を離れることになって、先が真っ暗に見えた時期がありました。だからこそ、「働けるだろうか」「生活していけるだろうか」という不安が、どれだけ重いものか、痛いほど分かります。お金の質問を軽く扱えないのは、そういう自分の経験があるからかもしれません。
答えは、人それぞれ違います。僕のやり方が、そのまま誰かの正解になるとは限りません。
それでも、「あきらめずに、自分に合うやり方を探し続けた人間が、ここにいる」。その事実だけは、まっすぐ伝えたいと思っています。
こうしてふり返ると、嬉しい質問も、困る質問も、僕にとっては全部、大切なものです。
なぜなら、質問してくれること自体が、興味を持ってくれた証だからです。
見えない僕にとって、質問は、相手の心が見える数少ない窓。
素朴な質問は、その人のやさしさを。難しい質問は、その人の切実さを、僕に教えてくれます。
どんな質問でも、まっすぐ投げかけてくれたなら、それは僕にとって宝物です。
答えに詰まることがあっても、「聞いてくれて、ありがとう」という気持ちは、いつも変わりません。
講演を続けてきて、しみじみ思うことがあります。
それは、質問が、僕自身を育ててくれたということです。
子どもの「どうして笑顔なんですか?」という質問は、僕に、自分が前を向けている理由を、何度も確かめさせてくれました。
大人の「どうやって稼いでいますか?」という質問は、僕に、自分の働き方や生き方を、もう一度きちんと言葉にする機会をくれました。
もし、質問の時間がなかったら、僕は「話すだけの人」で終わっていたと思います。
でも、聞いてもらえるから、僕は考える。答えるために、自分の経験を整理し直す。その繰り返しが、僕の話を、少しずつ深くしてくれたんです。
質問は、聞いた人のためだけのものじゃない。
答える僕のほうが、その質問のおかげで、成長させてもらっている。
だから僕は、どんな質問にも、心から「ありがとう」と思うんです。
難しい質問も、素朴な質問も、ぜんぶ、僕にとっては学びです。
「できるか・できないか」じゃなくて、「どうやったら、できるか」。質問は、僕にその問いを、いつも投げかけ続けてくれる存在なんです。
最後に、これを読んでくれているあなたへ。
もし、誰かに何かを聞きたいけれど、「こんなこと聞いていいのかな」とためらっているなら。
子どもたちのように、まっすぐ聞いてみてほしいです。
もちろん、相手への思いやりは大切です。
でも、思いやりと、聞くことをためらうことは、別のものだと思います。
まっすぐな質問は、相手の心の窓を開けます。
そしてときどき、聞いたあなた自身が、その答えに救われることもあるんです。
講演のあと、ちいさな声で「実は、僕も今しんどくて」と打ち明けてくれる人がいます。
勇気を出して質問してくれたその人が、僕の答えを聞いて、少しだけ表情をやわらげてくれる。そういう瞬間に立ち会えることが、僕にとって何よりの幸せです。質問は、聞く人と答える人の、両方の心を動かす。9年続けてきて、僕が一番強く感じていることです。
質問は、勇気じゃなくて、やさしさ。
あなたのその一言が、誰かの心の窓を開けるかもしれません。そして、その窓の向こうから返ってくる答えが、いつかあなた自身の背中を、そっと押してくれるかもしれません。聞くことを、どうかためらわないでください。
子どもの素朴な質問が、一番うれしい。答えにくい質問もある。それでも、質問してくれること自体が、僕にとっては宝物だ。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人