「好きなアニメは何ですか?」と子どもは聞き、「どうやって、収入を得ているんですか?」と大人は聞く。同じ僕への質問なのに、向いている方向がまるで違うんです。
もしあなたが、人前で話す機会があって、聞き手の反応に毎回どきどきしているなら——。
もしあなたが、子どもと大人では伝わり方が違う、と感じたことがあるなら——。
もしあなたが、誰かに質問することを、少しためらってしまうことがあるなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。
今日は、講演を続ける中で気づいた、とても面白い発見の話をします。それは、子どもと大人とで、僕に向けられる質問がまったく違う、ということです。つい先日、ある中学校で講演をさせてもらったとき、改めてそれを実感しました。
先日、ある中学校で講演をさせてもらいました。
講演のあとは、いつも質問の時間をとります。生徒さんからも、先生からも、いろんな質問が出ます。
そのとき出た質問を、あとから思い返してみて、僕はあることに気づきました。
子どもの質問と、大人の質問は、向いている方向がまるで違うんです。
これは、その日に限った話ではありません。年間50回前後、いろんな場所で話してきて、ずっと感じてきたことが、その日くっきりと形になりました。
講演を続けていると、聞き手の年代によって、関心の向く先がはっきり分かれるんです。今日は、それを書いてみます。
同じ話を、同じ熱量でしているはずなのに、子どもと大人とでは、受け取り方も、返ってくる質問も、まるで違う。最初の頃は、その違いに戸惑うこともありました。でも今では、その違いこそが面白いと感じています。一つの講演で、年代の違う心に、別々の形で届いていく。それを実感できるのが、質問の時間なんです。
ちなみに僕は、講演の冒頭で必ず、こうお願いします。
「僕にはみなさんの表情が見えません。だから、うなずきや拍手や声で、反応を教えてください」。表情が見えないぶん、僕は質問の一つひとつを、いつも以上にしっかり受け止めようとしています。だからこそ、この違いに気づけたのかもしれません。
まず、子どもたちからもらった質問です。
気づきましたか。子どもたちの質問は、まっすぐ「中澤隆という人間」に向かっているんです。
好きなアニメ。趣味。困っていること。
これは、目の前にいる僕を、一人の人間として知りたい、という質問です。
「視覚障害者」というくくりじゃなくて、「中澤さんって、どんな人なんだろう」。
子どもたちは、肩書きや障害の前に、まず「人」を見てくれる。これが、僕にはとても嬉しいんです。
「見えなくて困っていることは?」という質問も、よく聞かれます。
これも、僕を気の毒がっているわけじゃないんです。「この人は、どんなことに困って、どう工夫しているんだろう」と、純粋に知りたいだけ。だから僕も、「細かい字が読めないから、こんな道具を使っているよ」と、工夫を一緒に楽しむように答えます。すると子どもたちは、目を輝かせて聞いてくれるんです。
「好きなアニメは?」なんて、大人にはなかなか聞かれません。
でも子どもにとっては、目の前のおじさんが、どんなアニメが好きで、どんな趣味を持っているか、それがまず知りたいこと。障害があるかどうかは、その次なんです。
僕も、子どもの目線に合わせて、まっすぐ答えます。
すると、「えー、一緒だ!」なんて声が返ってきたりして、その瞬間に、僕と子どもたちの距離がぐっと縮まる。障害のあるなしを越えて、ただの「人と人」になれる時間。あれが、僕は本当に好きなんです。
一方で、先生たち大人からは、こんな質問が多く出ました。
同じ僕に向けられた質問なのに、向いている方向がまったく違うのが分かるでしょうか。
大人の質問は、「障害」と「社会」に向かっています。
シュクレとの出会い。差別。どう接したらいいか。どうやって稼ぐか。
これは、「障害のある人が、この社会でどう生きているのか」を理解したい、という質問です。
たとえば「苦しい練習を、どうやって乗り越えていますか」という質問も、よく考えると、社会人ならではの問いです。
仕事でも、家事でも、子育てでも、大人は毎日、自分なりの「苦しい練習」を乗り越えている。だから、僕がどうやってそれを続けているのかを、自分の生活に重ねて聞いてくれているんだと思います。
子どもが「中澤さん個人」を見るのに対して、大人は「中澤さんを通して、社会の仕組み」を見ようとしてくれている。そんな感じがします。
特に、先生や保護者の方は、「障害のある人に出会ったら、どう接したらいいか」を、真剣に知りたがってくれます。
それは、自分の生徒や、自分の子どもが、いつか誰かと出会ったときに、ちゃんと向き合える人になってほしいという願いから来ているんだと思います。だから、大人の質問の奥には、いつも、その先にいる「次の世代」への思いが透けて見えるんです。
どうして、こんなに違うんでしょう。
僕なりに考えてみました。
子どもは、まだ「障害者」というラベルを、強く持っていないんだと思います。
だから、目の前の僕を、ただの一人のおじさんとして見て、「この人、どんな人なんだろう」と素直に興味を持ってくれる。
大人は、社会の中でいろんな経験を積んできています。
だから、「障害のある人と、どう関わればいいんだろう」「この人は、どうやって生活しているんだろう」と、社会の中での僕の立ち位置に目が向く。
どちらが良い・悪いではありません。
それぞれの年代の、まなざしの違いなんだと思います。
そして、これは想像ですが——子どもたちも、大人になるにつれて、だんだん「人」より「社会の仕組み」に目が向くようになっていくのかもしれません。
いろんな経験を積んで、現実を知って、慎重になっていく。それは決して悪いことではなくて、大人になるということなんだと思います。だからこそ、子どもの「まっすぐ人を見る目」は、貴重なんです。
ここが、今日いちばん伝えたいところです。
子どもの質問も、大人の質問も、僕はどちらも本当に嬉しいんです。
子どもが「人」として見てくれるのは、温かい。
肩書きや障害の前に、「中澤隆」を見てくれる。あの素直さに、毎回こちらが元気をもらいます。
大人が「障害と社会」を知ろうとしてくれるのも、ありがたい。
それは、社会を少しでも良くしたい、理解したい、という気持ちの表れだからです。その入り口に、僕の話が立てるなら、こんなに嬉しいことはありません。
もし、僕の講演をきっかけに、ひとりの大人が「障害のある人にも、まっすぐ声をかけてみよう」と思ってくれたら。
そして、その人が子どもや後輩に、その姿を見せてくれたら。僕の話が、ひとつの輪になって、少しずつ広がっていく。そう考えると、大人の質問は、未来につながる種のように感じられるんです。
だから僕は、子ども相手でも、大人相手でも、質問の方向に合わせて、まっすぐ答えるようにしています。
(ただし、「どうやって稼ぐか」みたいに、答えるのがちょっと難しい質問もあります。それについては、また別の機会に書いてみたいと思います)
たくさんの講演を重ねるうちに、僕はひとつ、願うようになりました。
それは、「子どもの目を、大人になっても持ち続けてほしい」ということです。
子どもは、肩書きや障害の前に、まず「人」を見てくれます。
「この人、どんな人だろう」「好きなものは何だろう」。その、まっすぐな好奇心。あれは、人と人が分かり合うための、いちばん大事な入り口だと思うんです。
大人になると、僕たちはいろんなことを知ります。それは決して悪いことではありません。
でも、知識が増えるほど、相手を「障害者」「外国人」「お年寄り」といったラベルで先に見てしまいがちになる。目の前の「その人自身」を見る前に、頭の中のイメージで判断してしまう。
子どもは、「中澤さんって、どんな人?」とまっすぐ聞いてくれる。
大人になっても、その「まず人を見る目」を持ち続けられたら、世界はもっと優しくなる。
僕の講演が、そのきっかけのひとつになれたら嬉しいです。
もちろん、社会の仕組みを考える大人のまなざしも、とても大切です。
両方あっていい。ただ、その土台に「まず、目の前の人を一人の人間として見る」という子どもの目があったら、もっと温かい社会になるんじゃないか。講演をしながら、いつもそんなことを考えています。
講演を続けてきて、僕は思うようになりました。
質問って、その人の「関心の形」であり、「やさしさの形」なんだ、と。
子どもの「好きなアニメは?」も、大人の「どう接したらいい?」も、根っこは同じです。
「あなたのことを、もっと知りたい」という気持ち。
見えない僕は、相手の表情が分かりません。
だからこそ、投げかけてくれる質問の一つひとつから、その人の関心や優しさを、まっすぐ受け取ろうとしています。質問は、僕にとって、相手の心が見える数少ない「窓」なんです。
子どもが「人」に向ける質問も、大人が「社会」に向ける質問も、その奥にあるのは同じ気持ちだと思います。
「あなたのことを、もっと知りたい」「この世界のことを、もっと分かりたい」。その気持ちは、年代が変わっても、ずっと変わらない。だから僕は、どちらの質問にも、心から「ありがとう」と思うんです。
最後に、これを読んでくれているあなたへ。
もし、街で障害のある人を見かけて、「どう接したらいいんだろう」と迷ったことがあるなら。
答えは、シンプルです。聞いてみてください。
「何かお手伝いできることはありますか?」
その一言から、すべてが始まります。子どもたちが僕に質問してくれるように、まっすぐ聞いてくれたら、僕はいつでも嬉しいです。
助けてもらうことは、弱さじゃありません。
そして、聞いてみることも、勇気じゃなくて、やさしさです。
僕は、街で誰かに「何かお手伝いできることはありますか?」と声をかけてもらえると、その一言だけで、心がふっと軽くなります。
手伝ってもらえたかどうか以上に、「気にかけてくれる人がいる」という事実が嬉しいんです。だから、もしあなたが迷ったときは、完璧な対応をしようとしなくて大丈夫。まっすぐ、一言かけてくれるだけでいいんです。
子どもは僕という人間に、大人は障害と社会に、興味を持ってくれる。
どちらの興味も、まっすぐ言葉にしてくれたら、それが一番うれしいんです。あなたが投げかけてくれる、その素直な一言を、僕はいつも心待ちにしています。表情の見えない僕にとって、あなたの言葉だけが、まっすぐ届く光なのですから。
子どもは「僕という人間」に、大人は「障害と社会」に興味を持つ。どちらの質問も、誰かを知りたいという、やさしさの形だ。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
新しい記事が出たら、メールでお知らせします。すぐ下のフォームから登録できます ↓
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人