「中澤さんは、これまでに障害者差別を感じたことはありますか?」——昨日、ある中学校での講演のあと、ひとりの先生がまっすぐこう聞いてくれました。聞きにくいことを、正面から。だから僕も、ごまかさずに答えたいと思います。
もしあなたが、「障害のある人と、どう接していいか分からない」と感じたことがあるなら——。
もしあなたが、よかれと思った気遣いが、本当に相手のためになっているのか、ふと不安になったことがあるなら——。
もしあなたが、「差別」という言葉の重さに、どこか身構えてしまうなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けながら、ここ3〜4年は年間50回前後で講演に登壇しています。スイムとランは伴走ロープで、バイクは2人乗りのタンデム自転車で。たくさんの人に支えられながら、競技を続けています。
今日は、昨日ある中学校で講演をしたとき、ひとりの先生から投げかけられた質問について書きます。「障害者差別を感じたことはありますか?」——とても正直で、まっすぐな質問でした。だから僕も、できるだけ正直に答えてみたいと思います。これは、誰かを責める話ではありません。むしろ、僕が日々支えられて生きているからこそ書ける、ひとつの本音です。
昨日、ある中学校で講演をしてきました。
視覚障害B2の僕にとって、初めての場所での講演は、移動の段取りも含めて1日がかりの仕事です。盲導犬シュクレと一緒に会場に入り、子どもたちの前で、僕の人生の話をしてきました。
講演のあと、何人かの先生が質問をしてくださいました。その中で、ひとりの先生がこう聞いたんです。
「中澤さんは、これまでに障害者差別を感じたことはありますか?」
とても勇気のいる質問だと思いました。聞きにくいことを、まっすぐ聞いてくれた。だから僕も、ごまかさずに答えたい。今日はその答えを、改めて言葉にしてみます。
正直に言います。
「お前は障害者だからダメだ」とはっきり言われて傷ついた——そういう、分かりやすい悪意の差別を、僕はあまり経験していません。少なくとも、それが僕の人生の中心ではありません。
むしろ僕が日々感じるのは、もっと静かなものです。
悪意のある差別よりも、悪意のない無関心。そして、その逆の、悪意のない過剰な気遣い。この2つのほうが、ずっと身近にあります。
多くの人は、僕を傷つけようなんて、これっぽっちも思っていません。みんな優しい。それでも、どう接していいか分からなくて、距離ができてしまう。あるいは、心配しすぎて、僕ができることまで先回りで奪ってしまう。差別という言葉から想像する「悪意の事件」より、こういう「すれ違い」のほうが、ずっと多いのが現実です。
無関心は、「関わらないでおこう」という遠慮から生まれます。気遣いは、「助けてあげなきゃ」という優しさから生まれます。どちらも、出発点は悪意じゃない。だから僕は、誰かを責める気持ちにはなれないんです。むしろ、その遠慮や優しさの奥にある「気にかけてくれている心」を思うと、責めるどころか、ありがたいとさえ感じます。問題は、心の中にある優しさが、うまく形にならずに、すれ違ってしまうこと。そこさえ少し埋められれば、世の中はもっと、お互いに動きやすくなると思うんです。
たとえば、電車の中で。僕が盲導犬シュクレと立っていると、誰も声をかけてこない時間があります。みんな、悪い人じゃありません。ただ、どう関わっていいか分からなくて、そっとしておこうとしてくれている。その遠慮は、優しさの裏返しでもあります。でも、見えていない側からすると、「ここには自分のことを気にかけてくれる人はいないのかな」と、少し心細くなる瞬間でもある。一方で、急に肩をつかまれて席へ案内されそうになると、今度はびっくりして身構えてしまう。無関心も、気遣いすぎも、どちらも、ほんの少しのすれ違いから生まれているんです。
では、僕が一番つらいと感じるのはどんな時か。
それは、まだ何も試していないのに、「あなたには無理でしょう」と決めつけられる時です。
僕は27歳のとき、現場監督の仕事中に天井の照明が虹色に見えて、緑内障と診断されました。治療を重ねても進行して、31歳で視覚障害者になり、13年勤めた会社を事実上クビになりました。図面を見る仕事なのに、図面が見えなくなっていく。あの時期、僕自身が一番、「もう自分にはできることがない」と思い込んでいました。
でも、それは違いました。
25メートルも泳げなかった僕が、伴走ロープを頼りに泳げるようになりました。1キロで膝が痛くなっていた僕が、ガイドと一緒にフルマラソンを走れるようになりました。「できない」と思われていたことの多くは、本当は「やり方を知らなかっただけ」だったんです。
できる/できないで決めるんじゃなく、「どうやったらできるか」を一緒に考える。僕がスポーツから教わった、一番大事なことです。
だから、「視覚障害があるから、これは無理だよね」と最初から線を引かれると、僕は一番、もどかしい気持ちになります。試す前から可能性の扉を閉じられるのは、悪意ある言葉よりも静かに、人の心を削っていくものだと思うんです。
ここで、僕が大切にしている線引きをお話しします。それは、「区別」と「配慮」は違うということです。
僕がスイムで一人では泳げないから、ガイドが伴走ロープでつないでくれる。バイクは2人乗りのタンデム自転車で、前に乗るガイドが視界を担ってくれる。これは「区別」ではなく「配慮」です。僕ができる形に環境を整えてくれる。だから僕は、自分の力を出し切れる。
一方で、「障害者だから、こっちの簡単な方でいいよね」と、本人に聞かずに役割を取り上げてしまう。これは配慮のようでいて、実は「区別」になっていることがあります。良かれと思った先回りが、その人の出番を奪ってしまう。
配慮とは、その人が力を発揮できるように、やり方を変える工夫のこと。区別とは、本人の意思を確かめないまま、「こちら側」と「あちら側」に分けてしまうこと。見た目はよく似ています。違いは、たったひとつ。「本人に聞いたかどうか」です。
僕は、配慮はいくらでもありがたく受け取ります。むしろ、配慮があるから僕はIRONMANに挑めている。でも区別は、優しさの形をしていても、やっぱり寂しい。その差は、ほんの一言、「どうしたい?」と聞いてもらえるかどうかにあるんです。
たとえば、僕がスイムでガイドと伴走ロープで繋がるとき、ロープの長さや合図の出し方は、僕とガイドで何度も話し合って決めています。一方的に「こうしてあげる」ではなく、「こうしてほしい」を僕が伝え、ガイドがそれに応えてくれる。これが、配慮が配慮として機能するということです。本人の希望が真ん中にある。だから僕は、力を出し切れるし、ガイドを心から信頼できる。同じ手助けでも、本人の声が真ん中にあるかどうかで、まったく別のものになるんです。
もうひとつ、正直に書いておきたいことがあります。それは、優しさが強すぎると、こちらの出番を奪ってしまうことがある、という話です。
「危ないから、あなたはここにいて」「無理しなくていいから、座っていて」——心配してくれる気持ちは、痛いほど分かります。でも、まだ試してもいないうちに、全部を先回りして引き受けられてしまうと、僕は「自分には何もできることがない」と感じてしまう。これは、悪意のある言葉よりも、じわじわと自信を削っていくものです。
僕が一番うれしいのは、「やってあげる」ではなく「一緒にやろう」と言ってもらえる時です。できないところだけ手を貸してくれて、できるところは僕に任せてくれる。その線引きを、本人と一緒に探してくれる。それが、僕の力を一番引き出してくれる関わり方です。過剰な気遣いは、優しさのつもりが、いつのまにか「あなたにはできない」というメッセージになってしまうことがある。だからこそ、まず聞いてほしいんです。「どこを手伝おうか?」と。
僕はスポーツを通して、「助けてもらうこと」と「全部やってもらうこと」は、まったく違うと学びました。前者は対等なチームワーク。後者は、知らないうちに相手の出番を消してしまう。この違いに気づいてくれる人が増えたら、世の中はもっと、誰もが力を出しやすい場所になると思っています。
こう書くと、「じゃあ気軽に助けちゃいけないのか」と身構えさせてしまうかもしれません。でも、まったく逆です。
僕は、助けてもらうことを、弱さだとは思っていません。
正直に言えば、昔はそう思っていました。誰かに助けてもらう側になるのが、情けなくて、悔しくて仕方なかった。ガイドと組み始めた頃も、「助けてもらってばかりの自分」が嫌でした。
でも、競技を続けるうちに気づいたんです。ガイドと僕は、助ける人と助けられる人じゃない。同じゴールを目指す、対等なチームなんだと。僕にはガイドが必要だし、ガイドにとっても、僕と走る時間が何かになっている。お互いに必要としあう。それは上下じゃなくて、横の関係です。
助けてもらうことは、弱さじゃない。一緒に進むための、当たり前のチームワークです。
だから、もしあなたが街で困っている人を見かけたら、迷わず「何かお手伝いしましょうか」と声をかけてほしい。それは差別でも気遣いすぎでもありません。対等な人と人が、一緒に解決策を探す。ただそれだけのことです。声をかけて、相手が「大丈夫です」と言えば、それで気持ちよく引けばいい。聞いてくれた、それ自体が、もう十分にうれしいんです。
僕がこうして「差別を感じたことは」という重い質問に正直に答えられるのは、僕自身が、たくさんの人に支えられて今ここにいるからです。
視覚を失っていく時期、僕は誰にも本音を言えませんでした。悔しくて、情けなくて、ひとりで抱え込んでいた。でも、テレビで全盲の女の子がトライアスロンをしている姿を見て動き出してから、僕の周りには少しずつ仲間が増えていきました。ガイド、コーチ、講演で出会う人たち、そしてシュクレ。気づけば僕は、繋がりの輪の中にいました。
弱さは、隠すものではなく、過去の経験として語れるものになりました。あの頃つらかったこと、決めつけられて悔しかったこと。それを言葉にできるのは、今の僕がもう、ひとりじゃないからです。
もしあなたが、「障害のある人と、どう接していいか分からない」と感じているなら——。
覚えておいてほしいのは、たったひとつです。
悪意のある差別より、悪意のない無関心や気遣いすぎのほうが、ずっと多い。だからこそ、構えなくていい。完璧に正しい接し方なんて、探さなくていい。
困っていそうな人がいたら、「何かお手伝いしましょうか」とまっすぐ聞く。本人の「どうしたい」を確かめる。できる/できないで決めつけず、「どうやったらできるか」を一緒に考える。それだけで、区別は配慮に変わります。
そして、もしあなた自身が、何かを「できない」と決めつけられて、もどかしい思いをしているなら——僕は、あなたの側に立ちたい。見え方や立場が違っても、「やってみないと分からない」という気持ちは、きっと同じだから。試す前から閉じられた扉は、自分の手で、もう一度開けていい。僕も、そうやって泳ぎ出した一人です。
ピンチはチャンス。チャンスに変えるカギは、気合いじゃなくて工夫です。接し方も、同じだと思っています。
昨日、質問をしてくださった先生へ。聞きにくいことを、まっすぐ聞いてくれてありがとうございました。あなたのその一歩こそが、無関心とは正反対の、いちばん優しい関わり方だと、僕は思っています。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
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