眠って、朝起きたら見えなくなっていたらどうしよう。布団の中で、そんなことばかり考えていた夜があります。あの頃の僕に足りなかったのは、「外に出る理由」でした。
もしあなたが、「趣味は?」と聞かれて、うまく答えられないなら——。
もしあなたが、家にいる時間が長くなるほど、気持ちが沈んでいくのを感じているなら——。
もしあなたが、外に出る「理由」が見つからずに、一日を終えてしまうことがあるなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。
今日は、ちょっと意外に思われるかもしれない話をします。僕は、目が見えなくなってから、むしろ趣味が増えました。見えていた頃よりも、心が外に向く時間が、確実に増えたんです。その理由を書いてみます。
講演に行くと、「趣味は何ですか?」とよく聞かれます。
この質問、昔の僕なら、ちょっと困っていたかもしれません。
目が見えていた頃、僕は正直、「これが趣味だ」と胸を張って言えるものを、あまり持っていませんでした。
でも今は、聞かれると、いくつか思い浮かびます。
不思議なことに、それは全部、目が見えなくなってから始まったものなんです。
「見えなくなったのに、趣味が増えるって、どういうこと?」
そう思いますよね。僕自身がいちばん驚いています。普通に考えたら、見えなくなれば、できることは減りそうなものですから。
実際、見えていた頃にやっていたことの中には、できなくなったことも、たくさんあります。
細かい字を読むこと、車を運転すること、ふらっと知らない街を一人で歩くこと。手放したものを数えれば、きりがありません。
それでも、僕は今、「趣味が増えた」と胸を張って言えます。
それは、僕が「趣味」というものの意味を、見えなくなってから、まったく違う形でとらえ直したからなんです。
でも、僕の場合は逆でした。見えなくなったことが、結果として、僕を「外」に押し出してくれたんです。
今日は、そのカラクリを正直に書きます。もし今、家にこもりがちで気持ちが沈んでいる人がいたら、何かのヒントになったら嬉しいです。
27歳で緑内障と診断され、31歳で視覚障害者になりました。
その頃の僕にとって、いちばんつらかったのは、家にいる時間でした。
静かな部屋に一人でいると、頭の中が、悪い想像でいっぱいになるんです。
このまま、もっと見えなくなったらどうしよう。仕事は。生活は。明日は——。
不安って、止まってくれません。じっとしていると、どんどん大きくなる。
夜になるのが怖かったのも、この頃です。眠って、朝起きたら見えなくなっていたらどうしよう、と。布団の中で、そんなことばかり考えていました。
家の中は、安全な場所のはずなのに、僕にとっては、一番不安が育つ場所になっていました。
やることがないと、心はどんどん自分の内側に向かっていって、悪い想像にのみ込まれていく。あの感覚は、経験した人にしか分からないかもしれません。
今ふり返ると、あの頃の僕に足りなかったのは、「外に出る理由」でした。
理由さえあれば、人は動けます。逆に、理由がないと、外に出る一歩がとてつもなく重くなる。あの頃の僕は、その一歩が踏み出せずにいました。
だから僕にとって、趣味の定義は、ちょっと普通と違うかもしれません。上手いとか、立派とか、人に自慢できるとか、そういう物差しでは測っていないんです。僕がたったひとつ大事にしているのは、それをやっている間、自分の心がちゃんと外を向いているかどうか。ただ、それだけ。だから、世間で立派とされる趣味じゃなくても、僕にとっては最高の趣味になり得るんです。
趣味とは、上手い下手でも、立派かどうかでもなく、心が外に向く時間のこと。
不安は、心が自分の内側ばかり向いている時に、大きくなる。
だから、心を外に連れ出してくれるものは、全部、僕にとっての大事な趣味なんです。
この目で見ると、僕の趣味は、はっきりしています。
ここから、3つ紹介させてください。どれも特別なものではありません。でも、僕を家から連れ出して、心を外に向けてくれた、大切なものたちです。
まず、なんといってもトライアスロンです。
31歳で始めた頃は、25メートルも泳げませんでした。それが今では、226kmのIRONMANに挑むまでになりました。
でも、僕がトライアスロンを「趣味」と呼びたいのは、記録のためじゃありません。
「今日は練習がある」。
この予定があるだけで、朝の空気が変わるんです。
不安を抱えたままでも、体は前に進む。
泳いでいる間、漕いでいる間、走っている間、僕の心は確実に「外」を向いています。あの頃、家で固まっていた僕を、いちばん外に連れ出してくれたのが、これでした。
面白いもので、体を動かしている間は、あの止まらなかった不安が、すっと静かになるんです。
水をかく感覚、ペダルを踏む感覚、地面を蹴る感覚。今この瞬間に集中していると、まだ来てもいない未来の心配をしている暇がなくなる。それが、僕にとっては救いでした。
そして、練習を続けると、もうひとつ良いことがありました。
「昨日より、少しだけ長く泳げた」「先週より、楽に走れた」。そんな小さな前進が、目に見えて積み上がっていくんです。できないことが増えていくばかりだった日々の中で、できることが増えていく感覚は、本当に久しぶりでした。1ミリでも前に進めたら、それでいい。そう思えるようになったのは、トライアスロンのおかげです。
もちろん、一人では泳げないし、走れません。スイムとランは伴走ロープでガイドと繋がり、バイクはタンデム自転車に二人で乗ります。だから、これは「外」に向くと同時に、「人」に向く趣味でもあるんです。
最初は「助けてもらう側」になるのが情けなくて、悔しかった。でも続けるうちに、ガイドは一緒にゴールを目指す対等なチームなんだと気づきました。趣味が、仲間まで連れてきてくれたんです。
ふたつ目は、盲導犬シュクレとの散歩です。
シュクレは、僕の2頭目の盲導犬です。名前はフランス語で「砂糖」「甘い」という意味。シュークリームの「シュー」と同じ言葉です。
訓練士さんからは「ちょっと繊細な子です」と言われていました。
でも、初対面の日から、シュクレはお腹を見せて「へそ天」でゴロン。「どこが繊細だよ!」と、思わず心の中でツッコミました。
ちなみに、シュクレとの出会いは、僕にとって、ちょっと特別な日でもありました。
というのも、シュクレと初めて会ったのは、1頭目の盲導犬・デネブが引退する日だったんです。別れと出会いが、同じ日に重なった。あの日の、悲しさと、新しい一歩への期待が入りまじった気持ちは、今も忘れられません。
そんなシュクレと歩く時間が、僕は大好きです。
散歩は、ただの移動じゃありません。
シュクレと呼吸を合わせて、街の音を聞いて、風を感じる。一歩ごとに、心が外に開いていきます。
家で一人で考え込んでいる時間と、シュクレと外を歩いている時間とでは、同じ僕でも、心の向きがまるで違うんです。
ちなみに、僕が盲導犬と暮らそうと思ったのは、駅のホームから落ちそうになった経験がきっかけでした。「もっと安心して、安全に歩きたい」。その思いから、盲導犬という選択をしたんです。
だからシュクレは、僕にとって、安全を守ってくれるパートナーであり、外に連れ出してくれる相棒であり、毎日の散歩という趣味をくれた存在でもあります。
三つ目は、ちょっと意外かもしれません。講演で、人と話すことです。
今、僕は年間50回前後、いろんな場所で講演をさせてもらっています。
人前で話すのは、最初から得意だったわけではありません。
でも、自分の経験を話して、聞いてくれた人が何かを受け取ってくれて、終わったあとに質問をしてくれる。あのやりとりが、僕は本当に好きなんです。
講演の冒頭では、いつもこうお願いします。
「僕にはみなさんの表情が見えません。だから、うなずきや拍手や声で、反応を教えてください」。
すると、会場とつながっていく感覚があるんです。
見えないからこそ、声や空気をめいっぱい受け取ろうとする。これも、僕の心を外に、そして人に向けてくれる、立派な趣味だと思っています。
講演のあとに「勇気をもらいました」と声をかけてもらえると、本当に嬉しい。
自分の経験が、誰かの一歩につながる。そのやりとりがあるから、僕は人前で話すことを、仕事であると同時に、心から楽しめる趣味だと感じているんです。家で一人ぼっちだった僕が、今は年間50回も人と向き合っている。これも、見えなくなってから手に入れた時間です。
こうして3つ並べてみると、面白いことに気づきます。
トライアスロンも、シュクレとの散歩も、講演も、全部、ひとりでは成り立たないんです。
トライアスロンには、ガイドがいる。
散歩には、シュクレがいる。
講演には、聞いてくれる人がいる。
つまり僕の趣味は、ただ「外に出る」だけじゃなくて、必ず「誰かと繋がる」ものなんです。
不安は、心が自分の内側を向いている時に、大きくなる。
そして、一人きりでいる時に、いちばん大きくなる。
だから、外に出て、誰かと繋がる。それだけで、不安はずいぶん小さくなるんです。
見えなくなった頃、僕がいちばん苦しかったのは、「一人で、家の中で、未来を心配していた時間」でした。
今の僕の趣味は、その逆をいっています。外に出て、人と繋がって、今この瞬間に集中する。だから、趣味は僕にとって、ただの楽しみ以上の、心を守るための大切な習慣になっているんです。
こうして並べてみると、僕の趣味には、共通点があります。
どれも、家にいる僕を、外に連れ出してくれるものだということ。
そして、必ず「人」とつながっているということです。
もし今、あなたが、家にいる時間が長くて、気持ちが沈みがちだとしたら。
立派な趣味じゃなくて大丈夫です。上手じゃなくていい。
「これがあると、外に出る理由になるな」
そう思えるものを、ひとつだけ見つけてみてください。
いきなり大きなことを始めなくて大丈夫です。
近所をひと回り歩くだけでもいい。誰かに「おはよう」と言うだけでもいい。最初の一歩は、本当に小さくていいんです。僕も、25メートル泳げないところから始めました。最初から立派な趣味だった人なんて、いません。
大事なのは、上手かどうかじゃなくて、「心が外を向く時間が、一日にあるかどうか」です。
1ミリでも外に向けたら、それでもう前進。僕はそう考えています。
散歩でも、誰かと話すことでも、体を動かすことでもいい。
心が外に向く時間が一日にひとつあるだけで、不安に飲み込まれにくくなります。僕がそうだったように。
もし、あの頃の僕に会えるなら、こう言ってあげたいです。
「家でじっとしていなくていいよ。下手でいいから、外に出てごらん。そこに、君を待っている人や、犬や、舞台があるよ」と。
見えなくなって失ったものは、たしかにあります。でも、見えなくなったからこそ出会えた趣味が、今の僕を、毎日外へと連れ出してくれています。
ピンチはチャンス。見えなくなった僕に、趣味という「外に出る理由」をくれたのも、結局はこのピンチでした。
趣味とは、心が外に向く時間のこと。家にいると不安は大きくなる。だから、外に出る理由を、ひとつ持っておく。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人