「どうせ誰も見てないし、今日くらい休んでもいいか」——朝、その声にうなずいてしまった経験は、ありませんか。
もしあなたが、やる気はあるのに、どうしても続かない自分に、うんざりしているなら——。
もしあなたが、「今日くらい休んでもいいか」という声に、いつも負けてしまうなら——。
もしあなたが、気合いで何度もやり直しては、また三日坊主に戻ってしまうのを、何度も繰り返しているなら——。
この手紙は、あなたのために書きました。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226kmのトライアスロン)のサブ11時間挑戦を続けています。年間50回ほど、学校や企業で「挑戦」や「障害理解」をテーマにお話もしています。
今日お伝えしたいのは、僕がIRONMAN完走までにたどり着いた「続けるための工夫」を、5つの具体的なやり方にまとめたものです。気合いではなく、"1ミリの行動"で、心の流れそのものを変えていく方法。特別な才能も、強い意志も要りません。今日から、誰でも、支えられながら、始められます。最後まで、ゆっくり読んでいってください。
僕は、毎朝4時半に起きて練習する生活を、もう何年も続けてきました。冬の朝は、布団から出るだけで本当につらい。体力的な大変さは、もちろんあります。でも、正直に打ち明けると、僕がこれまでで一番難しいと感じてきたのは、走る距離の長さでも、泳ぐきつさでもなく、ただ「続けること」そのものでした。
体が疲れている朝、頭の中から、こういう声が聞こえてくるんです。
「行くのめんどくさいな……」
「どうせ誰も見てないし、今日くらい休んでもいいか」
「今日は体が重いから、また明日から頑張ろう」
この声って、すごく優しいんですよ。「今日は頑張らなくていいよ」「あなたは十分やってきたじゃない」って、まるで味方みたいに、そっとささやいてくる。優しいから、抗うのが本当に難しい。鬼のような厳しい声なら、まだ「うるさい」と振り払えるのに、優しい声は、ついうなずいてしまうんです。
でも、僕はある時、気づきました。この優しさに乗って「やめる理由」を探し始めると、じわじわと、こわいことが起きるんです。自分で自分を信じる気持ちが、少しずつ減っていく。
「今日はいいや」が一回入ると、翌日のハードルが上がります。二回入ると、もう三日目も同じ言い訳をしている。そうやって、いつの間にか"止まるクセ"が、自分の中で育っていく。これが、僕にとって一番こわいことでした。タイムが落ちることより、レースに失敗することより、「自分との約束を、また破ってしまった」という感覚が積み重なっていくことが、何より自分をすり減らすんです。
続けられないとき、多くの人がこう思います。「自分には意志の力が足りないから、続かないんだ」と。かつての僕も、そう思っていました。でも今は、はっきり違うと言えます。
続けるために本当に必要なのは、強い意志ではなく、"仕組み"です。気合いはエネルギーを使う。そしてエネルギーは、毎日波のように上がったり下がったりする。だから、気合いだけに頼った習慣は、いつか必ずどこかで折れてしまう。意志が弱いのではなく、気合いという土台が、そもそも不安定なだけなんです。続く人は、意志が強いのではなく、折れない仕組みを持っているだけ。これは、僕が講演でいつもお伝えしている「ピンチを変えるカギは、気合いじゃなくて工夫」という話の、まさに核心の部分です。
ここで、少しだけ僕の本音を話させてください。僕にとって「続けること」は、IRONMANのタイムを縮めるためでも、ギネス記録のためでも、本当はありません。もっと素朴な、生活のためなんです。
視覚障害B2クラスになって、できなくなったことは、数えきれないほどあります。図面を見る仕事をしていたのに、その図面の文字が見えなくなった日。13年勤めて「ここが自分の居場所だ」と思っていた会社を、去ることになった日。失ったものは、たくさんありました。
でも、毎朝同じ時間に起きて、同じように体を動かす。たったそれだけで、「昨日と地続きの、同じ自分」に戻れるんです。何が見えなくなっても、その習慣だけは、僕の手の中に残っている。これが、僕にとっての「続けること」の、本当の意味です。
もし今、あなたが「続けるのがしんどい」と感じているなら、一度だけ、"自分は、なぜそれを続けたいのか"を、そっと問い直してみてください。記録のため、評価のため、誰かに認められるため——それだけだと、続けるのは本当にしんどい。でも、"自分が自分に戻るため"という理由が見つかると、不思議と、続けられるようになります。
では、ここから具体的に、僕がどうやって続けてきたかをお話しします。コツは、たった一つ。「やる気が出たら動く」のではなく、「動くための、ほんの小さな動きだけを、先にやってしまう」。やる気は、動いた後からついてくる。順番が逆なんです。
練習の朝。体が鉛のように重い日でも、まず「靴下を履くだけ」を、その日の目標にします。「練習しなきゃ」と思うと心がずしんと重くなるけど、「靴下を履くだけなら」できてしまう。大事なのは、頭で判断するのをやめて、体だけを先に動かすこと。靴下を履いてしまえば、不思議と、次の一歩が自然に出てくるんです。
次のステップは「玄関まで行く」だけ。練習に行くかどうかの判断は、玄関に着いてから決めればいい。"やるか、やらないか"を、頭の中で決めない。場所に決めてもらう。玄関に立っている自分は、もう半分以上、外に出ているようなものです。場所が、心を引っ張ってくれます。
外に出たら、「最初の5分だけは、とりあえず動いてみる」と決めておきます。5分やってみて、それでもダメなら、帰ってきてもいい。これは少しズルいテクニックなんですが、5分も動くと、たいてい体のほうが勝手に「もう少しいけるな」と動き出すんです。一番重いのは、最初の数分。そこさえ越えれば、流れに乗れます。
これは、朝の判断力を、あらかじめゼロにしておく工夫です。前の晩のうちに、ウェア・靴下・水筒・シューズを、全部まとめて玄関に並べておく。朝の自分は、ただ着るだけ、ただ持つだけ。考える要素を、一つでも減らしておく。目が見えにくい僕にとって、朝の手探りで「あれはどこだっけ」と探す時間は、それだけで心を削ります。だから前の晩に、決まった場所へ。この準備一つで、続けられる確率が、体感で倍くらい変わります。
それでも、どうしてもめんどくさい日。最後の一押しは、「支えてくれる誰かの顔を、思い浮かべる」ことです。僕の場合は、いつも伴走ロープを握ってくれるガイドの仲間、応援してくれている妻、これまで講演で出会った生徒さんたちの顔。「自分のため」だけだと、ぽきっと折れてしまう。でも「誰かと約束した自分」になれると、不思議と、もう一歩が出るんです。一人では走れない僕にとって、この感覚は、何より大きな力になっています。
5つ目の工夫で「誰かの顔を思い浮かべる」と書きました。これについて、もう少しだけ、僕の経験を話させてください。あなたが今、「続けるのを、誰かに頼るなんて情けない」と思っているとしたら、昔の僕とまったく同じだからです。
トライアスロンを始めたばかりのころ、僕は「助けてもらう側」になることが、情けなくて仕方ありませんでした。視覚障害のある僕は、一人ではコースを走れません。ガイドと伴走ロープでつながって、初めて走れる。バイクも、二人乗りのタンデム自転車で、前に乗ってくれる人がいて初めて進める。最初のころは、その状況が、ただ申し訳なくて、悔しかったんです。
でも、続けていくうちに、考え方がまるごと変わりました。ガイドは、僕を一方的に助けてくれる存在ではなく、同じゴールを目指す、対等なチームのパートナーだったんです。伴走ロープ一本に通っているのは、同情ではなく、信頼でした。「次の角、右に曲がります」「ここから下りです」——その声を信じて、僕は全力で足を動かせる。これは、二人で初めて完成する競技なんです。
これは、続けることにも、そのまま当てはまります。一人で歯を食いしばって続けようとすると、人はあっけなく折れます。でも、誰かと約束し、誰かに見守られていると、人は驚くほど続けられる。だから、続けたいことがあるなら、ぜひ周りの人を巻き込んでください。家族に宣言する、友達と一緒に始める、SNSで報告する。何でもいい。「誰かと一緒」は、決して弱さではありません。むしろ、続けるための、いちばん強い仕組みです。
ここまで5つの工夫をお伝えしてきましたが、最後に、いちばん大切なことを言わせてください。
それは、できない日があっても、まったく問題ないということです。
体調が悪い日。気持ちがどうしても乗らない日。1ミリも動けなかった日。そういう日は、誰にだって必ずあります。僕にも、あります。大事なのは、そこで「ああ、また続かなかった。自分はダメだ」と、自分を責めないこと。
習慣というのは、一日途切れたら終わり、というものではありません。大事なのは、途切れたあとに、また戻ってこられるかどうか。一日休んでも、次の日にまた靴下を履けば、それでもう、続いているんです。連続記録が途切れることを恐れて、完璧を目指して、結局すべてをやめてしまう——これがいちばんもったいない。一日や二日の空白で、これまで積み上げてきたものが消えるわけでは、決してありません。
思い返せば、緑内障で視力を失っていったあの時期、僕は何度も心が折れました。夜になるのが怖くて、眠るのが怖かった。朝起きたら、もっと見えなくなっているんじゃないか、と。あのころは、前に進むどころか、立っているだけで精一杯でした。それでも、テレビで全盲の女の子がトライアスロンをしている映像を見たあの日、「僕より見えない子が、挑戦している。僕はまだ、見えている。だったら、僕にもできるかもしれない」と、ほんの小さな火が灯った。その日から、また1ミリずつ、歩き出せたんです。
止まった日があっても、いい。戻ってこられたら、それでいい。この安心感こそが、長く続けるための、いちばんの支えになります。
今日のどこかで、あなたにもきっと「めんどくさい」がやってきます。仕事を始める前、運動の前、勉強の前、誰かに連絡する前。何かを始めようとしたまさにその瞬間に、あの優しい声が聞こえてくるはずです。「今日はいいよ」「明日からでいいよ」って。
その瞬間に、どうか思い出してほしいんです。"1ミリの行動"を。やる気を出そうと、頑張らなくていい。気合いを入れようと、力まなくていい。ただ、体のほんの一部分だけを、動かす。それだけで、十分なんです。
1ミリ動いたあなたは、もう"やらない自分"ではありません。"やり始めた自分"です。あとは流れに身を任せて、5分だけ、続けてみてください。きっと、体のほうが「もう少しいけるよ」と教えてくれます。
この手紙を読み終えた、たった今、この瞬間に。何か一つだけ、「最近、続けられていないこと」を思い浮かべてみてください。運動でも、勉強でも、片付けでも、ずっと先延ばしにしている誰かへの連絡でも、何でもかまいません。
その"最初の1ミリ"だけ、今ここで、やってみませんか。
動いた自分には、不思議と「もう少し、やってみようかな」が、後からそっとついてきます。続けることは、気合いの問題ではなく、最初の1ミリの問題なんです。意志の強さではなく、入口の小ささ。そこさえ間違えなければ、誰だって続けられます。
視覚障害B2の僕が、25メートルも泳げなかったところから、IRONMANの226kmを完走できたのも、結局のところ、毎朝の"1ミリ"を、できる日もできない日も、戻りながら積み重ねてきた結果です。特別な才能なんて、一つもありません。あなたの1ミリも、必ず、その先につながっていきます。
今日の小さな一歩を、心から応援しています。そして、いつか「あれから、ちょっとずつ続いています」と、あなたから聞ける日が来たら、僕はきっと、自分のことのようにうれしいです。
「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、人生現役で挑み続ける