「ちょっと繊細な子なんです」——訓練士さんにそう聞いていた盲導犬は、初対面のその瞬間、部屋じゅうを駆け回って、僕の前でゴロンとおなかを見せました。1頭目の相棒を見送った、まさにその同じ日のことです。
もしあなたが、これから盲導犬と暮らすことを考えている視覚障害者の方なら——。
もしあなたが、盲導犬についてもっと知りたい一般の方・ご家族・学校の先生なら——。
もしあなたが、街で盲導犬とユーザーを見て「あの子、どんな性格なんだろう」と気になったことがある方なら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。2022年から、2頭目の盲導犬シュクレと一緒に暮らしています。今日はシュクレとの4年間を、本当のところまで、まっすぐにお話しします。
盲導犬の話というと、「立派にお仕事をしている偉いワンちゃん」というイメージが先行しがちです。確かにシュクレは仕事中、本当に真面目に働いてくれます。でも、家での顔、好きなこと、講演中の様子、そして僕たちが守っているマナー——きっとあなたが想像する盲導犬像とは違うかもしれません。
シュクレの話をする前に、どうしても1頭目のことから話させてください。
僕の1頭目の盲導犬は、デネブという子でした。デネブは、ひと言で言うと「武士」のような犬でした。「へそてん」をしない。人に対しても塩対応。淡々と仕事をして、淡々と暮らす。職人気質の真面目な相棒でした。
デネブの引退の日が、いつかは来る。それは盲導犬と暮らす者なら、出会った時から覚悟しているはずのことです。でも、いざその日が近づくと、やっぱり辛い。何年も一緒に歩いて、暮らして、信頼を積み上げてきた相棒との別れは、想像以上に重いものでした。
そして、デネブの引退の日。それは、僕にとって、もう一つの大きな出来事の日でもありました。
デネブを「お疲れさま」と送り出したその日に、僕は2頭目のパートナーと出会ったのです。
デネブを送り出した場所は、日本盲導犬神奈川訓練センターでした。盲導犬の引退と、次の盲導犬との対面、そして1週間の共同訓練(合宿)が始まる——そんな大きな節目の日です。
新しい盲導犬の候補として僕に紹介されたのが、シュクレでした。事前に、訓練士さんから、こう聞いていました。
「シュクレは、ちょっと人見知りするところがある子です」
「そうか、人見知りなのか。じゃあ、まずはゆっくり距離を縮めていくしかないな」——そう心の準備をして、対面の場に向かいました。
そして、シュクレと初めて顔を合わせた瞬間——。
「人見知りって、何のことだったんですか?」と訓練士さんに聞き返したくなるくらい、シュクレは初対面の僕に対して、全力で「仲良くなろうよ!」と寄ってきました。
武士だったデネブとは正反対の、甘えん坊で全身が「ありがとう」のような相棒との出会いでした。デネブと別れた悲しみと、シュクレと出会えた喜びが、同じ日に重なる——あの感情の振れ幅は、いまでも忘れられません。
「シュクレ」という名前は、フランス語です。
フランス語で「シュクレ(sucré / sucre)」は、「砂糖」「甘い」という意味があります。あの大好きなお菓子、シュークリームの語源にもなっている言葉です。
だから僕は、よくシュクレのことを、こう呼びます。
「シュークリームちゃん」
名前の通り、シュクレは本当に甘えん坊。性格にもぴったりな名前です。「シュクレ」と呼ぶたびに、僕の頭の中には、ふわふわしたシュークリームのイメージが浮かびます。
名前一つで、その子のキャラクターと愛情が同時に伝わる 命名って、いいなあと思います。
甘えん坊で神対応のシュクレですが、ハーネスを着けて仕事モードに入ると、別人のように真面目になります。
特に「どや顔」が、たまりません。「上手にできたね、シュクレ!」と褒めると、明らかに 「えへん、当然です」 という顔をします。あの誇らしげな表情を見るたび、「この子の自尊心を絶対に大事にしよう」と思わされます。
盲導犬は、「主人の言うことに従う犬」ではありません。「信頼で結ばれた、対等なパートナー」です。シュクレは仕事を通じて、自分の役割と存在価値を、ちゃんと感じている。そして、それを認められると嬉しそうにする。これが、盲導犬と暮らす本当の意味だと、僕は思っています。
シュクレと出かけるとき、僕は必ず服やコートを着せて出ます。これは「おしゃれ」や「防寒」のためではありません。盲導犬ユーザーが守るべき大事なマナーだからです。
盲導犬は、公共交通機関、飲食店、病院、ホテル、スーパー——本当にどこにでも一緒に入れる特別な存在です。これは、社会の皆さんが受け入れてくださっているからこそ実現していることです。だからこそ、僕たちユーザーが気をつけなければならないのが、「犬の毛が落ちないようにする」ことです。
服やコートを着せることで、シュクレの被毛が周りに落ちるのを防ぎます。これが 「どこにでも一緒に行ける」を支えるマナー です。電車にも、飲食店にも、病院にも——シュクレに服を着せて入ることで、お店の方や他のお客さんへの配慮になります。
もし街で盲導犬ユーザーが愛犬に服を着せているのを見かけたら、「冷えるから着せているのかな」 ではなく、「みんなと一緒に過ごすためのマナーの装備なんだな」 と知ってもらえたら嬉しいです。
シュクレも、毎日のお出かけの一部として、ちゃんと服を着てくれます。「これも仕事の一部だね」という顔をして。本当に賢くて、頼もしい相棒です。
年間50回以上、僕は学校や企業で講演をしています。そして、ほとんどの講演に、シュクレも一緒に同行します。
講演会場でシュクレが姿を見せると、子どもたちの反応は、ほぼ毎回こうです。
「かわいー!!!」
キラキラした目、いっせいに口々に出る声、写真を撮りたそうにする姿——。子どもたちにとって、シュクレは 「初めて出会う、お仕事をしている本物の犬」 です。テレビで見たことはあっても、目の前で見るのは、別世界の出来事。あの瞬間の子どもたちの表情を見るたびに、「シュクレを連れてきてよかった」と思います。
そして、講演中のシュクレが何をしているかというと——。
ぐっすり寝てます。
本当です。僕が前に立って熱く語り、子どもたちが真剣に聞いてくれている横で、シュクレは僕の足元で、伏せたまま、安心して寝ています。スーッと、寝息を立てて。
これは、盲導犬としてとても良いことです。ハーネスを外して「オフ」の時には、ちゃんと体を休めて、次の仕事に備える。仕事と休息の切り替えが自然にできるのは、訓練の賜物であり、シュクレの賢さでもあります。
子どもたちに「シュクレ、いま寝てるんだよ」と教えると、また「かわいー!」が来ます。そして、シュクレは「えっ、何の話?」みたいな顔で起きる——そんな笑いが、講演の柔らかい時間を作ってくれています。
世の中には、盲導犬を「視覚障害者の道具」として捉える表現があります。でも、僕はその表現が、あまり好きではありません。
シュクレは、僕にとって パートナー です。「働かせている」のではなく、「一緒に歩いている」。「役立てている」のではなく、「信頼を交換している」。
朝、ハーネスを着ける時、シュクレは尻尾を振ります。「今日も一緒に行こうね」と僕が言うと、嬉しそうにこちらを見ます。仕事を終えて、ハーネスを外す時、また尻尾を振ります。「お疲れさま、頑張ったね」。この朝と夕方の小さな儀式が、僕とシュクレの関係を支えています。
盲導犬と暮らすということは、毎日、信頼を積み重ねることです。一方的に従わせるのではなく、お互いに「この相棒のために、自分も頑張ろう」と思える関係性。それが、僕がシュクレから教えてもらった、何よりも大きなことです。
視覚障害者で「盲導犬と暮らしてみたいけど、自分にできるかな」と迷っている方がいるなら、お伝えしたいことがあります。
盲導犬についての相談は、お住まいの地域の盲導犬訓練センターや、視覚障害者の自助グループで受けられます。「盲導犬」「視覚障害」「共同訓練」で検索してみてください。
視覚障害B2のパラトライアスリート・中澤隆が、学校・企業・自治体向けに講演を続けています。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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視覚障害B2のパラトライアスリート・中澤隆が、盲導犬シュクレと一緒に学校・企業で講演しています。
テーマ:「挑戦」「障害理解」「盲導犬と歩む人生」「ダイバーシティ」
子どもたちが「シュクレに会えた!」と喜ぶ、温かい講演をお届けします。
シュクレと出会えて、本当によかった。今日もシュクレは、僕の足元で安心して寝ています。明日も、シュクレと一緒に歩きます。
盲導犬についてもっと知りたいこと、シュクレについて気になることがあれば、HPの問い合わせフォーム、または Instagram(@ryu__nakazawa)まで、お気軽にお寄せください。