55インチのテレビを、顔から20センチの距離で見る。本は白黒を反転させて読む。朝いちばんの練習に、シュクレはお留守番。検索しても出てこない盲導犬ユーザーの一日は、こんな小さな工夫の積み重ねでできています。
もしあなたが、視覚障害と診断されて間もない方や、そのご家族なら。
「盲導犬がいれば大丈夫」と言われても、実際どんな生活になるのか、想像がつかないかもしれません。
僕も最初はそうでした。だから今日は、検索しても出てこない、僕とシュクレの飾らない暮らしのリアルを、手紙のつもりで書いてみます。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)と申します。視覚障害B2クラスで、2022年から盲導犬シュクレ(ラブラドール)と一緒に暮らしています。
緑内障で27歳に診断、31歳で右目は5円玉の穴から覗くくらいの視界、左目は目の前でグーチョキパーがなんとか分かる程度になりました。それでも今は、トライアスロンに挑戦し、年間およそ50回、全国で講演をしています。そして、その毎日の真ん中にいるのが、シュクレです。
「盲導犬ユーザーの日常」って、検索しても出てくるのは「感動の絆」みたいな話ばかりで、泥臭い現実や、ちょっとした困りごと、小さな工夫はあまり書かれていません。でも、本当の暮らしは、そういう小さなことの積み重ねでできています。だから今日は、シュクレと暮らす一日の中にある、リアルな「生活」と「工夫」を、飾らずに書こうと思います。
ちなみにシュクレは、僕にとって2頭目の盲導犬です。1頭目のデネブという子が引退する、その同じ日に出会いました。別れと出会いが重なった日のことは、また別の機会に。今日は「暮らし」の話に絞ってお届けします。
まず、いちばん知ってほしいこと。盲導犬=カーナビのように目的地まで連れて行ってくれる、と思われがちですが、それは違います。
シュクレができる仕事は、主に3つ。角を教える、段差を教える、障害物を教える。それだけです。目的地までの道のりは、僕が頭の中の地図で覚えていて、「ゴー」「右」「左」と指示を出します。シュクレが勝手にコンビニまで連れて行ってくれるわけではありません。
たとえば信号。シュクレは赤・青の判断ができません。周囲の音、車の流れ、歩行者の動きを僕が耳で聞いて判断しています。だから、横断歩道で立ち止まっているときに「青になりましたよ」「今は赤ですよ」の一言をかけてもらえると、心から助かります。
盲導犬は「目の代わり」というより、一緒に安全を作るパートナーです。僕が地図と判断を担当し、シュクレが足元の安全を担当する。二人で一つのチーム。この役割分担が分かると、盲導犬ユーザーの暮らしが、ぐっと想像しやすくなると思います。
僕の一日は、とても早く始まります。早い日は4時半ごろには起きて、体を動かす準備をします。トライアスロンのトレーニングのためでもありますが、なにより「今日を生きるため」に、体を動かす習慣を大切にしているんです。
意外に思われるかもしれませんが、朝のいちばん早い練習に、シュクレは連れて行きません。まだ外が真っ暗な時間の練習や、プールサイドのように犬が入れない場所での練習は、シュクレにとっては負担になるだけ。だから、その時間はおうちでゆっくりお留守番してもらいます。
盲導犬だからといって、四六時中ずっと一緒に働かせるわけではありません。シュクレが休むべきときは、しっかり休ませる。これも、長く一緒に暮らしていくための、大事な工夫の一つです。出かける僕を、ねむそうな顔で見送るシュクレに、「いってきます、お留守番よろしくね」と声をかけて家を出ます。
そして、シュクレと一緒に出かけるときは、また景色が変わります。家から目的地までの道のりを、シュクレはちゃんと覚えています。曲がり角、段差、点字ブロック。何度も通った道なら、僕が「ゴー」と言えばシュクレは歩き出します。ただし、勝手に判断して進むのではなく、僕が指示を出して、シュクレが応える。この「指示と応答」のリズムが、安心して歩ける理由です。
外出から帰ってきたシュクレは、しっぽを振りながら玄関でひと息。その背中を見ると、「今日も一緒にやってくれてありがとう」って、自然と思えるんです。
盲導犬ユーザーになって初めて知ったこと。それは、外出するだけで、けっこうな準備が必要だということです。ここは、暮らしのいちばんリアルな部分かもしれません。
シュクレは毎日ブラッシングしていますが、それでも毛は抜けます。飲食店や電車に乗るときは、犬用のコートを着せて、毛が落ちないようにしています。雨の日はレインコート。出かける前のこのひと手間が、周りの人への小さな配慮になります。
それでも、入店を断られることがあります。「犬はちょっと……」と言われるとき、やっぱり悲しくなります。でも、「知らないから怖いだけなんだ」と思うようにしています。ここで僕が悲しい顔をするより、丁寧に説明するほうが、次の盲導犬ユーザーのためになるから。
シュクレは月に1〜2回シャンプーをします。毎日ブラッシングもして、清潔を保つようにしています。盲導犬は「仕事中」と「オフ」がはっきりしているので、家ではハーネス(胴輪)を外して、思いきりリラックスさせています。ハーネスを外した瞬間、きりっとした働く顔から、ゴロンとへそ天で甘えてくる顔に、ぱっと切り替わるのが本当にかわいいんです。
街で「かわいい」と声をかけられることもあります。でも、盲導犬に食べ物を見せたり、あげたりしないでください。集中力が途切れて、仕事ができなくなってしまうからです。また、なでたり、じっと見つめたり、口笛を鳴らしたり、自分のペットと挨拶させるのも、できれば控えてもらえると助かります。
もし困っているように見えたら、「何かお手伝いできますか?」と、犬にではなく僕(人)に声をかけてもらえるのが、一番ありがたいです。
盲導犬ユーザーの日常は、外出だけじゃありません。家での生活にも、いろいろな工夫が詰まっています。むしろ、ここでの工夫が、毎日を回すための土台になっています。
僕は55インチのテレビを、顔から20cmくらいの距離で見ます。大きなテレビに、ほとんど顔をくっつけるようにして見る——はじめて見た人は、たいてい驚きます(笑)。毎週木曜日は、家族と映画を観る日。シュクレも隣に来ますが、画面はまったく見ていません(笑)。それでも、家族の輪の中にシュクレがいてくれる、その時間が好きです。
本は拡大読書機を使っています。白い紙に黒い文字だと、僕にはまぶしくて見えないので、白黒を反転させて、黒い背景に白い文字にして、さらに拡大して読みます。音声図書機も使います。視覚障害者専用のウェブ図書館からSDカードにダウンロードして、耳で読むんです。今は「夢をかなえるゾウ」を聞いています。耳から物語が流れてくる読書も、なかなかいいものです。
パソコン・スマホ・iPadも、白黒反転と拡大を組み合わせて使っています。音声読み上げ機能も併用すれば、SNSも普通に使えます。「見えないのに、どうやって発信してるんですか?」とよく聞かれますが、答えはシンプルで、道具と工夫です。気合いではなく、工夫。これは、僕が講演でいつもお伝えしていることでもあります。
正直に白状すると、料理は僕の妻の担当です。見える・見えない関係なく、僕はそもそも料理ができません(笑)。シュクレも、僕が料理をしている姿を見たことは、たぶん一度もないはずです。できないことは、できる人に気持ちよくお願いする。これも、暮らしの立派な工夫だと、僕は本気で思っています。
シュクレと暮らしていて、いちばん大切にしていること。それは、お互いの生活リズムを尊重し合うことです。
僕には、朝4時半起きの練習や、講演で全国を回る、ちょっと変わった生活リズムがあります。一方でシュクレにも、ごはんの時間、休む時間、遊ぶ時間という、シュクレ自身のリズムがあります。このふたつを、無理にどちらかへ合わせるのではなく、できるだけ両方を尊重したいと思っています。
だからこそ、朝いちばんの練習はお留守番にするし、長距離の移動やレースの環境がシュクレにとって負担になりそうなときは、無理に連れて行きません。たとえば、遠方で行われるような長距離のレースには、シュクレを帯同させず、おうちでゆっくり待っていてもらうこともあります。相棒だからこそ、シュクレにとって何が一番いいかを、いつも考える。
盲導犬と暮らすというと、「いつも一緒に行動している」というイメージかもしれません。でも実際は、一緒にいる時間と、一緒に働く時間は、きちんと分けています。働くときは全力で、休むときはしっかり休む。シュクレが安心して眠っている姿を見ると、こちらまで穏やかな気持ちになります。
お互いのリズムを尊重し合うこと。これは、相手を大切に思うということそのものだと、シュクレが教えてくれました。人と人との関係でも、きっと同じですよね。
盲導犬ユーザーの日常は、「感動ストーリー」ではなくて、小さな工夫と、周囲の理解の積み重ねでできています。だからこそ、街で僕たちを見かけたときに、知っておいてほしいことがあります。
「青になりましたよ」「ここ、段差がありますよ」「右に曲がる道ですよ」。たったその一言が、僕たちの「今日を安全に生きる」を、しっかり支えてくれます。
声をかけるのは、勇気がいるかもしれません。「迷惑かな」「お節介かな」と思うかもしれません。でも、僕たちにとっては、その一言が本当にありがたいんです。もし声をかけるか迷ったら、どうか、かけるほうを選んでもらえたらうれしいです。断られても気にしないでください。その気持ちだけで、僕たちは十分に救われています。
盲導犬は「かわいいペット」ではなく、視覚障害者の生活を支える大切なパートナーです。そして、その盲導犬と暮らす僕たちは、特別な存在ではなく、あなたと同じように、毎日をなんとか工夫しながら生きている、ただの生活者です。その当たり前が伝わるだけで、僕たちの世界は、ずっと暮らしやすくなります。
盲導犬ユーザーの日常は、ドラマチックな感動物語ばかりじゃありません。毎日のブラッシング、外出前のコート、入店を断られたときの寂しさ、信号の判断、周囲への説明。地味で、泥臭くて、ちょっと手間のかかる毎日です。
でも、それでも。シュクレがいることで、僕は「外に出られる」「人に会える」「挑戦できる」。盲導犬は、僕に「外に出る理由」をくれた存在です。家にこもりがちだった時期の僕に、もう一度、世界とつながる入り口を開いてくれました。
もしあなたが視覚障害と診断されたばかりなら、または家族が診断されたばかりなら。「盲導犬と暮らす」は、数ある選択肢の一つです。全自動ではないし、手間もかかる。でも、確かに人生を広げてくれます。そして、その暮らしは、決して特別な才能や根性で支えられているわけではなくて、小さな工夫と、周りの人のやさしさで成り立っています。
僕はこれからも、シュクレと一緒に、お互いのリズムを大切にしながら、トライアスロンに挑戦し、講演で全国を回り、なんでもない毎日を積み重ねていきます。ここまで読んでくれて、本当にありがとうございました。あなたの毎日にも、小さな安心が一つ増えますように。一緒に、前に進みましょう。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、人生現役で挑み続ける