「ダイバーシティ研修、毎年やっているけれど、社員の心に残っている実感がない」——そんな悩みを抱える人事・研修ご担当者の方へ。
はじめまして。視覚障害B2のパラトライアスリート、中澤隆(なかざわ りゅう)と申します。これまで9年間で50回以上、学校や企業で講演をしてきました。この記事では、「多様性が、きれいごとではなく"戦力"になる」という話を、僕自身の実体験からお伝えします。
障害者雇用促進法の法定雇用率は段階的に引き上げられ、企業が障害のある人とともに働くことは「特別なこと」ではなくなりました。健康経営、DEI(多様性・公平性・包摂性)、人的資本経営——言葉だけは、どんどん広がっています。
それでも現場では、こんな声をよく聞きます。
多様性は、制度を整えるだけでは根づきません。配慮のしかたを暗記しても、心は動きません。「違いがあるからこそ、チームが強くなる」という実感を、社員一人ひとりが自分ごととして持てるかどうか。そこが分かれ目です。
そして、その実感は、データや正論ではなく、「一人の人間の、本物の物語」からしか生まれません。だからこそ、当事者であり、かつ世界で戦ってきたアスリートである僕の話が、お役に立てると思っています。
僕は27歳のとき、緑内障と診断されました。31歳になるころには、右目は5円玉の穴から覗いているような視界、左目は目の前のグーチョキパーがやっと分かる程度に。そして、それまで13年間勤めていた会社からは、事実上のクビでした。
「これから、どうやって働いて生きていけばいいんだろう」。一度は、そう絶望しました。多くの企業の現場にいる、障害を抱えた社員の不安は、痛いほど分かります。僕自身が、その当事者だったからです。
それでもトライアスロンに出会い、ガイドの仲間たちと一緒に競技を続けてきました。25mも泳げなかった僕が、アジアパラトライアスロン選手権2連覇、世界ランキング最高6位。2024年・2025年には、世界最高峰のアイアンマン(約226km)を2年連続で完走しました。
今は、製薬関連企業のサイネオス・ヘルス・ジャパンに所属しながら、アスリート・講演家として活動しています。「障害のある社員」として働く側の目線も、「世界で戦う挑戦者」としての目線も、両方を持っている——それが僕の講演の強みです。きれいごとではなく、当事者のリアルと、結果を出してきた人間の説得力。その両方をお届けします。
視覚障害があると、初めての場所はすべてが不安です。でも僕は「気合い」で乗り越えてきたわけではありません。事前の段取りと、まわりへの声かけで進んできました。これは、不安の多いプロジェクトを動かすビジネスの現場とまったく同じです。
見えない僕が泳ぐために、ロープでガイドと繋がる。バイクはタンデム(2人乗り)。走るときは並走。「できない」を「どうやったらできるか」に変える工夫こそ、多様なチームが生み出す価値そのものです。同じ人ばかりの組織からは、この工夫は生まれません。
僕の競技は、ガイドとの信頼がなければ1メートルも進めません。「人のために動くことが、自分の力になる」。これは僕のコア哲学であり、心理的安全性が成果を生む現代の組織論とそのまま重なります。
講演のゴールは「いい話を聞いた」で終わることではありません。翌日からの行動が変わることです。
同じ講演を、僕は学校でも年間50回以上おこなっています。最近の学校では、授業の前と後で「障害のある人へのイメージ」を記録してもらうのですが、その変化が、いつもはっきり出ます。
授業の前に多いのは、「かわいそう」「大変そう」というイメージ。それが授業の後には、「すごい」「かっこいい」「自分も工夫してみよう」に変わります。実際に、中学生からはこんな声が届いています。
「以前はしょうがいをかわいそうと思っていたけれど、話を聞いてイメージが変わりました」
「今までは生活が不便で大変だと思っていたけど、それよりも楽しく、笑顔を持っていることがたくさんあると気づいた」
この「かわいそう」から「一緒に働きたい」への意識の転換こそ、企業のダイバーシティ研修が本当に目指すゴールだと思います。子どもにも大人にも、同じ変化が起きます。偏見というバリアは、正しく知ることで、確実に下がるのです。
盲導犬シュクレと一緒に登壇することもできます。理屈ではなく、一頭の盲導犬と一人のアスリートの姿から、多様性のリアルを感じてもらえます。
盲導犬シュクレと一緒に登壇することも可能です。社員の皆さまの記憶に残る、体験のともなう研修をお届けします。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
新しい記事が出たら、メールでお知らせします。すぐ下のフォームから登録できます ↓