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📅 2026.07.27 | RYU NAKAZAWA
🌱 視覚障害

キャッシュレスに救われた話|お金の見分けの苦労

⏱ 約8分で読めます(4,917字)

レジの前で、手の中の硬貨をじっと見て確かめる。その間に、後ろに人が並んでいく。見えにくい僕にとって、現金の支払いは、いつもそんなひと仕事でした。

もしあなたが、毎日の支払いの場面で、ちょっとした不便を感じているなら——。

もしあなたが、新しい技術を「便利そうだけど自分には縁がない」と感じているなら——。

もしあなたが、見えにくさのある人がどうやって買い物をしているのか、想像したことがあるなら——。

この記事は、あなたのためのものです。

こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。

今日は、僕の生活をずいぶん楽にしてくれた、あるテクノロジーの話をします。それは、キャッシュレス決済。見えにくい僕にとって、お金のやりとりがどれほど大変だったか、そしてそれがどう変わったか。正直にお話しします。

📖 この記事の目次
  1. お札と小銭の見分けが、難しい
  2. レジの前で、感じていたこと
  3. キャッシュレス決済が、変えてくれたこと
  4. 音や声が、支払いを助けてくれる
  5. 便利さは、誰かのためにもなっている
  6. 不便を、工夫で軽くしていく
  7. あなたの不便にも、きっと工夫がある

お札と小銭の見分けが、難しい

まず、見えにくい僕にとって、現金のやりとりがどんなに大変かをお伝えします。

細かい字が見えにくい僕にとって、お札の種類を見分けるのは簡単ではありません。手元に何枚かのお札があっても、これがいくらなのか、ぱっと見ただけでは判断しづらい。霞んだ視界の中で、お札の数字を読み取るのは、なかなか骨が折れます。

硬貨も同じです。財布の中で、何種類もの小銭が混ざっていると、どれがどの硬貨なのか、見ただけでは見分けにくい。レジの前で、手の中の硬貨をじっと見て、確かめて……としているうちに、後ろに人が並んでいたりすると、焦ってしまうこともありました。

もちろん、硬貨は手ざわりや大きさで、ある程度は見分けられます。指先で確かめれば、なんとなくどの硬貨かはわかる。でも、薄暗い場所だったり、急いでいたり、手がかじかんでいたりすると、それも難しくなる。「これで足りるかな」「お釣りは合っているかな」——支払いのたびに、頭の中で小さな確認作業が走るんです。見える人なら一瞬で済むことに、僕はいつも、ほんの少し余分な集中を使っていました。

見える人には何でもない「お金を数える」が、見えにくい僕には、ひと仕事だった。

レジの前で、感じていたこと

現金での支払いで、いちばんこたえたのは、レジの前の時間です。

急いでいるとき、後ろに列ができているとき。早く払わなきゃ、と思うほど、手元のお金がうまく見分けられなくて、もたついてしまう。これは、僕が仕事で図面の細かい字を確認していたときと、どこか似た感覚でした。「早くしなきゃ」と思うほど、かえって手が止まる。あの焦りが、レジの前でもよみがえるんです。

もちろん、店員さんも、後ろの人も、ほとんどの方は優しく待ってくれます。それでも、自分の中で「申し訳ないな」「迷惑をかけているかな」という気持ちが湧いてくる。お金を払うという、当たり前の行為のたびに、小さな気がかりがついてまわっていました。

こういう気がかりは、見える人にはなかなか伝わりにくいものかもしれません。一回一回は、ほんの数秒のこと。でも、それが毎日、何度も積み重なると、じわじわと心の負担になっていく。買い物のたびに、ほんの少しだけ身構える自分がいる。大げさに聞こえるかもしれませんが、見えにくさの大変さは、こういう「小さくて、でも毎日続くこと」の積み重ねの中にあるんです。だからこそ、その小さな負担を取り除いてくれるものには、心から助けられます。

これは、お金そのものの問題というより、見えにくさが日常のあちこちにしみ出してくる、ひとつの例です。買い物という、誰もが毎日する行為の中にも、見えにくさは顔を出すんです。

振り返ってみると、見えにくくなり始めた頃の僕は、こういう小さな「できなくなったこと」のひとつひとつに、いちいち落ち込んでいました。レジでもたつく。書類が読めない。昨日できたことが、今日できない。前の仕事でも、図面の確認が一回で済まなくなり、二回三回と見直すようになって、悔しくて情けなくて、誰にも言えませんでした。お金の見分けも、その小さな「できなくなったこと」のひとつ。当時の僕にとっては、地味だけれど、確かに心にこたえる出来事だったんです。

キャッシュレス決済が、変えてくれたこと

そんな僕の生活を、ぐっと楽にしてくれたのが、キャッシュレス決済でした。

スマホやカードをかざすだけ、タッチするだけで支払いが終わる。お札を数える必要も、小銭を見分ける必要もない。お金を「見る」工程が、まるごとなくなったんです。これは、僕にとって本当に大きな変化でした。

「見分ける」という作業そのものを、しなくてよくなる。これは、見えにくい人間にとっては、想像以上に大きいことです。見えにくさによる苦労の多くは、「見えないものを、なんとか見ようとする」ところで生まれます。だから、そもそも見なくていい仕組みは、その苦労を根っこから取り除いてくれる。キャッシュレスは、僕に「見る努力」そのものを免除してくれた。だからこそ、こんなに身軽に感じられるんだと思います。

レジの前でもたつくこともなくなりました。さっとかざして、ピッと音が鳴れば、それで完了。後ろの列を気にして焦ることも減りました。あの小さな気がかりが、テクノロジーひとつで軽くなった。買い物が、ずいぶん身軽になったんです。

それに、財布の中で小銭がどんどん増えていく、という悩みもなくなりました。現金だと、支払うたびにお釣りの小銭が増えて、財布が重くなる。その小銭をまた見分けて使う……というのが、地味に大変だったんです。キャッシュレスなら、お釣りそのものが出ない。財布が軽くなって、頭の中の確認作業も減って、二重に身軽になりました。小さなことのようですが、こういう「やらなくて済むこと」が増えるのは、見えにくい僕にとって、本当にありがたいんです。

🔑 テクノロジーが、見えない不便を埋めてくれる

見えにくさによる不便は、根性では埋まりません。でも、道具やテクノロジーでなら埋められる。キャッシュレス決済は、僕にとってまさにそれでした。「気合いでなんとかする」のではなく「工夫でなんとかする」。これが、僕の生き方の基本です。できないことを嘆く時間があったら、それを補ってくれる道具を一つ探す。その小さな行動が、毎日を確実に楽にしてくれます。

音や声が、支払いを助けてくれる

キャッシュレスと合わせて、僕を助けてくれているのが、音と声です。

支払いが終わると「ピッ」と音が鳴る。あの音で、ちゃんと決済できたかを耳で確認できます。見えにくい僕にとって、目で画面を確かめなくても「終わったな」とわかる音は、とてもありがたい。スマホの操作も、VoiceOver(音声読み上げ)やSiriの音声に助けてもらいながら進めます。

こうして見ると、僕の支払いは、目だけに頼らないかたちでできあがっていることに気づきます。お金を見分けるのではなく、かざして、音で確認する。視覚に頼れないぶんを、別の感覚と道具でカバーする。これは、僕が街を歩くときに音や気配を頼りにするのと、まったく同じ発想なんです。

見えないなら、見なくて済む方法を選べばいい。それが、僕の工夫の基本です。

便利さは、誰かのためにもなっている

キャッシュレス決済は、もともと視覚障害者のために作られたものではないと思います。でも、結果として、僕のような見えにくい人間の生活を、確かに楽にしてくれている。

これは、とても大切なことだと感じています。世の中の便利な仕組みが、特定の誰かを思って作られていなくても、めぐりめぐって、いろんな人を助けることがある。逆に言えば、たくさんの人が使う仕組みが、ちょっと工夫されているだけで、見えにくい人にも、お年寄りにも、いろんな人にとって使いやすくなる。

キャッシュレスのお店が増えたこと、音で知らせてくれる仕組みがあること。そういうひとつひとつが、僕のような人間が街で暮らしやすくなることに、つながっています。便利さの広がりが、そのまま優しさの広がりになっている。僕は、そう感じています。

これは、講演でもよくお話しすることです。世の中を便利にする工夫は、それを作った人が想像していなかった誰かを、ふっと助けることがある。だから、何かを作る人、サービスを考える人には、ぜひこう思ってほしい。「この工夫は、もしかしたら、見えにくい人や、お年寄りや、自分が思っていなかった誰かの役にも立つかもしれない」と。ほんの少しの配慮が、たくさんの人の暮らしを楽にする。キャッシュレスは、その分かりやすい一例だと思うんです。

不便を、工夫で軽くしていく

見えにくさのある生活には、まだまだ不便なことがたくさんあります。お金の見分けは、そのひとつにすぎません。でも、ひとつずつ、工夫で軽くしていけると、僕は思っています。

キャッシュレス決済で支払いを楽にする。VoiceOverで文字を読む。Siriで操作を助けてもらう。盲導犬シュクレと、白杖と、音と気配で街を歩く。ひとつひとつの工夫を積み重ねて、僕の毎日はできあがっています。

大事なのは、不便を「仕方ない」とあきらめないこと。不便があるなら、それを軽くする工夫を探す。テクノロジーは、その工夫の強い味方です。ピンチはチャンス、カギは工夫。お金の見分けというピンチも、キャッシュレスというチャンスに変えられたんです。

そして、工夫は道具だけではありません。困ったときに「すみません、これはいくらですか」と店員さんに聞く。それも立派な工夫です。見えにくくなった頃の僕は、人に頼ることが苦手でした。頼るのは情けないことだと、どこかで思っていたんです。でも、トライアスロンでガイドと出会い、支えてもらう中で気づきました。頼ることは、弱さではない。繋がる輪の中で生きるための、大切な力なんだと。道具に頼り、人に頼り、その両方を組み合わせて、僕は毎日を回しています。一人で抱え込まず、頼れるものはちゃんと頼る。それも、僕の工夫のひとつです。

あなたの不便にも、きっと工夫がある

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

今日は、お金の見分けの苦労と、キャッシュレス決済に救われた話をしました。見えにくい僕にとって、現金のやりとりは小さな負担でしたが、テクノロジーがそれをずいぶん軽くしてくれました。

これを読んでいるあなたにも、もしかしたら、毎日の中の小さな不便があるかもしれません。それは見えにくさかもしれないし、別の何かかもしれない。でも、どんな不便にも、それを軽くしてくれる工夫が、きっとどこかにあります。あなたに合った道具や仕組みが、必ずあるはずです。

テクノロジーは、できないことを補ってくれる。そして、繋がる輪の中で、人の手も借りながら、僕らは前に進んでいける。今日も僕は、スマホをかざして、ピッという音を聞きながら、身軽に街を歩いています。

僕が見えにくくなり始めた頃は、こんなに便利な世の中ではありませんでした。キャッシュレスも、音声読み上げも、今ほど身近ではなかった。だから、当時の僕に「将来、スマホをかざすだけで支払いが終わる時代が来るよ」と教えてあげたら、きっと驚くと思います。世の中は、少しずつですが、確実に便利になっている。見えにくい人にとっても、暮らしやすくなっている。そのことに、僕は希望を感じています。今、不便を抱えている人も、数年後には、それを解決してくれる道具に出会えるかもしれない。技術は、僕らの味方になってくれるんです。

だから、もし今、何かの不便に立ち止まっているなら、どうか「これはずっとこのままだ」と思わないでください。工夫を探し続けていれば、ある日ふっと、それを軽くしてくれるものに出会えます。僕にとってのキャッシュレスが、そうだったように。ピンチはチャンス。そのチャンスに変えるカギは、いつだって工夫です。あなたの不便も、きっと軽くできる。一緒に、工夫を探していきましょう。


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「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。

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中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
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