その動画を流すと、ざわついていた会場が、しんと静まりかえります。細かい映像は僕には見えません。でも、空気が変わるその瞬間だけは、耳ではっきり分かるんです。講演の締めに必ず流す「Yes I Can」の話です。
もしあなたが、「自分には無理だ」と、何かをあきらめかけているなら——。
もしあなたが、「できない理由」ばかり数えてしまう自分に疲れているなら——。
もしあなたが、誰かに「あきらめないで」と伝えたいけれど、言葉が見つからないなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けながら、年間50回前後の講演を9年間続けています。
今日は、僕が講演の最後に必ず流す動画のお話です。タイトルは「Yes I Can」。いろんな障害のある人たちが、それぞれの工夫で挑戦する姿を集めた動画です。なぜ僕がこの動画を、毎回必ず流すのか。そこに込めた思いをお伝えします。
僕の講演には、決まった締め方があります。それは、「Yes I Can」という動画を流すことです。この動画には、世界中のいろんな障害のある人たちが登場します。みんな、それぞれの体や状況に合わせて、自分なりの工夫で、スポーツや音楽や日常に挑戦しています。
僕がどんなに言葉を尽くしても、伝えきれないものがあります。それは、挑戦している人の、生きている姿そのものです。映像の中で動いている人たちの表情、動き、その迫力。それは、僕の口からの説明をはるかに超えて、見る人の胸に届きます。
正直に言うと、僕自身は、目が見えにくいので、この動画の細かいところまでは見えていません。でも、何度も流してきたから、どんな人が、どんな挑戦をしているかは、すべて知っています。そして、流すたびに、会場の空気が変わるのが分かります。ざわついていた会場が、しんと静まりかえる。その静けさの中に、一人ひとりが何かを受け取っている気配を、僕は感じます。映像が、言葉を超えて人の心に届く瞬間を、僕は会場の空気で知っているのです。
だから僕は、自分の話の最後に、この動画を置きます。僕の語りで心をあたためてもらったあと、映像で、もう一段深いところまで届ける。言葉と映像、その両方で伝える。これが、僕の講演の締めくくりです。
講演の流れには、ちゃんと意味があります。最初に、僕は自分の話をします。告白できなかった中学時代、目が見えなくなっていく怖さ、そこからトライアスロンに出会って、IRONMANに挑むまで。一人の人間の物語を、ていねいに語ります。そして最後に、僕一人ではない、世界中のいろんな人の挑戦を、映像で見せる。「これは、僕だけの話じゃない」と、視野が一気に広がる瞬間です。自分の物語から、みんなの物語へ。この広がりを作るために、動画は最後でなければならないのです。
この動画に込めた一番の思いは、ひとつの問いの向きを変えることです。
多くの人は、何かにぶつかったとき、まず「できない理由」を探します。目が見えないからできない。体が動かないからできない。時間がないからできない。お金がないからできない。理由を数えれば、いくらでも出てきます。そして、理由を数えれば数えるほど、人は動けなくなっていきます。僕にも、そういう時期がありました。
「できるか、できないか」を考えると、できない理由ばかりが見えてきます。でも、「どうやったら、できるか」と問い直すと、まったく違う景色が見えてくる。同じ状況でも、問いの向きを変えるだけで、出てくる答えが変わるのです。「Yes I Can」は、この問いの転換を、映像で見せてくれます。
動画に出てくる人たちは、誰一人「できない理由」を数えていません。みんな、「どうやったら、この体でできるか」を工夫し続けた人たちです。だからこそ、見る人は気づきます。大事なのは、できる体かどうかではなく、工夫し続けるかどうかなのだと。
そして、この問いの転換は、障害のある人だけの話ではありません。仕事でも、勉強でも、人間関係でも、同じです。「自分には無理だ」と思った瞬間に、人は手を止めてしまう。でも、「どうやったらできるか」と問い直せば、まだやれることが見えてくる。この問いの向きは、誰の人生にも効くのです。だから僕は、健常の方が多い企業や自治体の講演でも、この動画を流します。問いの向きを変える力は、すべての人に関わることだからです。
僕がこの動画にこれほど思い入れがあるのは、僕自身が、まさにこの動画に救われた人間だからです。
27歳で緑内障になり、31歳で視覚障害者になったとき、僕は「もう何もできない」と思っていました。仕事を失い、夜になるのが怖くて、できないことばかりを数えていました。そんなとき、テレビで、僕より見えない全盲の女の子が、トライアスロンに挑戦している姿を見たのです。
その瞬間、僕の中で問いが変わりました。「僕にはできない」から、「僕にも、できるかもしれない」へ。あの女の子の姿は、僕にとっての「Yes I Can」でした。誰かの挑戦する姿が、別の誰かの一歩になる。それを、僕は身をもって知っています。
誰かの「できる姿」が、別の誰かの「できるかもしれない」になる。挑戦は、見えないところで、人から人へ受け継がれていく。
だから僕は、講演でこの動画を流すたびに思います。今、この体育館や会場のどこかに、かつての僕のように「できない」と思い込んでいる人がいるかもしれない。その人に、この映像が届いたら。あの夜の僕のように、問いの向きが変わったら。そう願いながら、再生ボタンを押しています。
「Yes I Can」が伝えていることを、ひと言でまとめるなら、それは「工夫」です。これは、僕の講演全体を貫くメッセージでもあります。
「ピンチはチャンス。チャンスに変えるカギは、気合いじゃなくて工夫」。僕はいつも、こう話します。気合いで乗り越えるのではありません。気合いは、すぐに消えてしまうからです。そうではなく、具体的な工夫で、できる方法を見つけていくのです。
動画の中の人たちも、まさにそうです。見えないなら、音や手の感覚を使う工夫をする。動かない部分があるなら、動く部分を生かす工夫をする。一人ひとりが、自分にしかできない工夫を積み重ねている。工夫の数だけ、挑戦の形があるのです。
大切なのは、工夫は気合いとは違うということです。気合いは「もっとがんばれ」と、自分を追い込みます。でも、追い込むだけでは、できないものはできないままです。一方、工夫は「どうやったら、今の自分でできるか」と、やり方そのものを変えます。気合いは消耗するけれど、工夫は積み重なる。一度見つけた工夫は、次も使えます。だから僕は、講演でいつも言うのです。カギは気合いじゃない、工夫なんだ、と。「Yes I Can」の人たちは、まさに、工夫を積み重ねてきた人たちなのです。
「Yes I Can」——「できる」と言える自分は、いきなり完成するものではありません。小さな「できた」の積み重ねから、少しずつ作られていきます。
僕も、最初から「IRONMANを完走できる」なんて、とても言えませんでした。視覚障害者になったばかりの頃の僕は、25メートルも泳げず、少し走っただけで膝が痛くなる、そんな状態でした。「できる」どころか、「できない」ことばかりでした。それでも、家を出る1ミリ、プールに入る1ミリ、ロープにつかまって泳ぐ1ミリ。その小さな「できた」を、ひとつずつ積み重ねてきました。
「できる」は、一足飛びには来ない。1ミリの「できた」が積み重なって、いつか「Yes I Can」になる。
だから、動画を流すとき、僕はこう付け加えます。「この人たちも、いきなりこうなったわけじゃない。小さな工夫を、こつこつ積み重ねた結果なんです」と。大きな挑戦の裏には、必ず無数の1ミリがある。それを知ってもらうことで、見ている人も「自分にも、1ミリならできるかも」と思える。「Yes I Can」は、遠い誰かの話ではなく、今日のあなたの一歩につながる話なのです。
「Yes I Can」は、それ単体でも力のある動画です。でも、僕の講演では、その前に必ず僕自身の物語があります。これには理由があります。
いきなり立派な挑戦の映像を見せられても、人は「すごいな、でも自分とは違う」と感じてしまうことがあります。遠い世界の話に見えてしまうのです。だから僕は、その前に、自分の弱さを話します。告白できなかった中学時代、見えなくなっていく怖さ、夜が怖かった日々。かっこ悪い自分を、先に見せるのです。
弱い自分の話を聞いたあとだと、動画の見え方が変わります。「あの中澤さんも、こんな弱いところから始まったんだ。だったら、この人たちも、特別な人じゃないんだ」。身近な弱さから入るから、映像の挑戦が、自分ごとになる。語りと動画は、セットで初めて、いちばんの力を発揮します。
もし、僕の物語がなく、いきなり動画だけを見せたら、どうなるでしょうか。きっと、多くの人は「すごい人たちもいるんだな」で終わってしまいます。感動はしても、自分とは関係のない、遠い話として。それでは、僕が一番届けたいことが、届きません。だから、僕という、かっこ悪くて、弱くて、それでも一歩を踏み出した人間の話を、先に置く。弱さの開示は、動画を自分ごとに変えるための、大切な助走なのです。弱さを見せることは、恥ずかしいことではありません。むしろ、誰かの心を動かすための、いちばんの力になります。
この記事を読んでくださっているあなたにも、伝えたいことがあります。あなたにとっての「Yes I Can」は、どこにあるでしょうか。
それは、立派な動画である必要はありません。あなたが、かつて「無理だ」と思っていたことに、誰かが挑戦している姿。あるいは、ほんの少し前のあなた自身が、勇気を出せた瞬間。それを思い出すだけで、問いの向きは変えられます。
「できるか、できないか」で止まりそうになったら、「どうやったら、できるか」と問い直してみてください。そして、できることを1ミリだけやってみる。家を出る1ミリ、一本の電話をかける1ミリ。その小さな一歩が、あの夜の僕のように、あなたの景色を変えていくかもしれません。
あの夜、テレビの前で泣いていた僕は、「自分には何もできない」と思い込んでいました。でも、たった一人の女の子の挑戦する姿が、その思い込みを溶かしてくれた。今度は、僕が誰かにとっての、その「一人」になれたらいい。そう思って、僕は講演を続けています。「Yes I Can」を流すたびに、会場のどこかにいるかもしれない、かつての僕のような人へ、心の中でこう語りかけています。大丈夫、あなたにもできる。できない理由を数えるのをやめて、できる方法を、一緒に探そう、と。
できない理由でなく、どうやったらできるか。カギは、いつも工夫。あなたの「Yes I Can」は、もうあなたの中にある。
僕はこれからも、講演の最後に「Yes I Can」を流し続けます。あの夜、テレビの前で救われた僕が、今度は誰かの「できるかもしれない」になれるように。繋がる輪の中で、挑戦のバトンを、次の人へ手渡していきたいのです。あなたも、よかったら一歩、踏み出してみてください。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
新しい記事が出たら、メールでお知らせします。すぐ下のフォームから登録できます ↓
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人