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📅 2026.08.10 | RYU NAKAZAWA
🌱 視覚障害

視覚障害B2の食事のリアル|料理は妻が作る・僕が作るのは鍋とカレーだけ

⏱ 約8分で読めます(5,197字)

我が家の台所に、包丁はありません。僕がネギを切るのも、肉を切るのも、豆腐を切るのも、キッチンハサミ1本。片手で素材を持って、もう片方の手でチョキチョキ。それが、見えない僕の「調理の1ミリ」です。

もしあなたが、「視覚障害者って、料理できるの?」と素直に気になったことがあるなら——。

もしあなたが、「家のことも仕事も、全部自分でやらなきゃ」と頑張りすぎて、すり減っているなら——。

もしあなたが、「頼ること」と「自分でやること」のちょうどいいバランスを探しているなら——。

この記事は、あなたのためのものです。

こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けています。講演家として、年に50回前後、学校や企業で「見えない世界のリアル」や「気合いより段取り」をお話ししています。

今日お伝えするのは、見えない世界での僕の食事のリアルです。きれいごとではなく、我が家の本当のところを、一次情報でそのまま書きます。結論を先に言ってしまうと——毎日の食卓を作っているのは、僕ではありません。妻です。そして、その選び方の中に、僕がいちばん大事にしている「全部やるを諦める自由」と「頼ることは弱さじゃない」という考え方が、まるごと詰まっています。

📖 この記事の目次
  1. 結論:毎日の食卓は「妻」が作る
  2. 僕が作るのは「鍋」と「カレー」だけ
  3. 道具は「キッチンハサミ」だけ。包丁は使いません
  4. 野菜は「カット野菜」を、鍋にどさっと
  5. 普段は「お惣菜」を、遠慮なく頼る
  6. 食事は、アスリートにとって「燃料」
  7. 「全部やる」を諦めた先にある、自由
  8. あなたへ

結論:毎日の食卓は「妻」が作る

我が家の毎日の食卓は、妻が作ってくれます。

これは、なんとなくそうなった、という話ではありません。僕が、はっきりそう選んだ結果です。

考えてみてください。視覚障害B2の僕が、毎日3食を全部自分で作ろうとしたら、何が起きるか。朝の練習、講演、原稿、IRONMANの準備——その全部に使うはずだったエネルギーが、料理で削れていきます。見えない中で安全に料理をするのは、目が見える人が思う以上に集中力を使います。それを毎日3回やれば、僕の本業に回すエネルギーは、確実に足りなくなる。

だから僕は、「自分で全部作る」を、思い切って手放しました。そのぶんのエネルギーを、IRONMANと講演と、僕が「1ミリの行動」と呼んでいる日々の積み重ねに回す。これは僕にとって、立派な戦略です。

そして、ここがいちばん伝えたいところです。妻が台所に立ってくれるからこそ、僕は午前中の練習に出られます。講演原稿を、落ち着いて整えられます。シュクレと、丁寧に過ごす時間を持てます。妻が支えてくれているから、僕は挑み続けられる。我が家の食事は、その繋がりの上に成り立っています。

毎日の食卓は、妻の支えと、僕への信頼の証。その上で、僕は挑み続けられています。

僕が作るのは「鍋」と「カレー」だけ

とはいえ、僕がまったく台所に立たないわけではありません。僕にも、数少ないけれど、自分で作る料理があります。

🍲 僕の数少ないレパートリー

僕が作れるのは、この2つだけです。

どちらも、工程がとてもシンプルなのが共通点です。具材を入れる、煮る、煮込む。大きく言えば、これでほとんど完成します。

なぜこの2つなのか。理由は明快で、見えない僕にとって、工程が少なくて、手順が決まっている料理がいちばん作りやすいからです。細かい盛り付けや、火加減の見極めが何度もいる料理は、僕には難しい。でも、鍋とカレーは「入れて、煮る」が中心。だから、見えなくても段取りで作りきれます。

「料理ができる視覚障害者」という言葉から、もっといろいろ作る姿を思い浮かべた方もいるかもしれません。でも、僕にとっては2品、自信を持って作れれば、それで十分なんです。残りは妻にお願いする。背伸びして10品に手を出して全部中途半端になるより、得意な2品を確実に作る。これも、僕の段取りの考え方そのものです。


道具は「キッチンハサミ」だけ。包丁は使いません

ここで、見えない僕ならではの、いちばん大事な工夫の話をします。それは道具です。

✂️ 僕の台所の主役はキッチンハサミ

視覚障害B2の僕は、包丁を使いません。

代わりに使うのは、キッチンハサミ1本だけです。

なぜ包丁ではなくハサミなのか。これははっきりしています。見えない世界で、包丁とまな板を使って正確に切るのは、リスクが高すぎるからです。刃の位置も、自分の指の位置も、目で確かめられない。そこで力を入れて切るのは、僕にとってあまりに危ない。

その点、キッチンハサミは違います。片手で素材をしっかり持って、もう片方の手でチョキチョキ切る。素材を持っている手の感覚で、「ここを切る」という位置を、自分で確かめながら決められます。刃がどこにあるかも、握っている手でわかる。だから、見えなくても、安心して切れるんです。

ここに、僕がずっと伝えている考え方があります。できないことを気合いで乗り越えようとするのではなく、道具を変えて、できる形にする。包丁が無理なら、ハサミにする。たったそれだけで、料理のハードルは、僕にとってぐっと下がります。「気合いより段取り」「カギは工夫」というのは、こういうことなんです。


野菜は「カット野菜」を、鍋にどさっと

道具の次は、素材の話です。鍋やカレーを作るとき、僕は野菜を細かく刻みません。

🥗 段取りの最終形態

僕が使うのは、お店で売っているカット野菜です。これを、そのまま使います。

すでに切ってある野菜を、袋からそのまま入れるだけ。これなら、僕が刃物で切る工程そのものが、ぐっと減ります。安全だし、速いし、何より失敗がない。

ここで、ひとつだけ、はっきりさせておきたいことがあります。これは「手抜き」ではありません。カット野菜は、僕にとって「料理を楽にする道具」である以上に、「視覚障害B2の僕でも、料理ができる人になれる道具」なんです。切ってあるからこそ、僕は安全に、自分の手で一品を作りきれる。だから僕は、堂々とカット野菜に頼ります。

誰かが「楽をしている」と言うかもしれません。でも、僕はこう思っています。使える道具を全部使って、できる形にする。それは、知恵であって、ずるさではない。キッチンハサミも、カット野菜も、僕の暮らしを支えてくれている、大切な味方です。


普段は「お惣菜」を、遠慮なく頼る

そして、僕の毎日には、もうひとつ大きな味方がいます。お惣菜です。

妻が忙しい日。あるいは、僕ひとりで食事を済ませる日。そういうとき、僕が迷わず頼るのが、コンビニやスーパーのお惣菜です。

これらに頼ることで、「自分で作る」ために使うエネルギーを、ほぼゼロにできます。そして、そのぶんのエネルギーを、まるごと本業に回せる。これも、視覚障害B2の僕が、暮らしを設計する上での、大事な一手です。

「全部、家で手作りすべき」という思い込みを手放すと、暮らしはずいぶん軽くなります。お惣菜に頼る日があってもいい。冷凍に助けてもらう日があってもいい。大事なのは、料理をがんばることではなく、自分のエネルギーを、いちばん大事なところに残しておくことです。


食事は、アスリートにとって「燃料」

ここまで読んで、「ずいぶん割り切っているな」と感じた方もいるかもしれません。その通りです。そして、その割り切りには、競技者としての理由があります。

IRONMAN 226kmに挑むアスリートにとって、食事は、ただの楽しみではありません。食事は「燃料」です。質のいい燃料を、必要な量、適切なタイミングで体に入れる。それができるかどうかが、練習の質も、レースの結果も左右します。

燃料という目で見ると、大事なことが、すっきり見えてきます。誰が作ったかも、どこで買ったかも、本質ではありません。大事なのはただ一点、「体に必要な燃料を、確実に入れられているか」。それだけです。

その意味で、妻が作ってくれる料理も、僕が作る鍋とカレーも、お惣菜も、冷凍弁当も——全部、僕の体を動かすための、立派な燃料です。手作りかどうかで燃料に上下はつけません。確実に、毎日、必要なものを入れる。競技者として、僕はそこに集中しています。

もう少し具体的に言うと、IRONMANに向けた体づくりでは、たんぱく質も、炭水化物も、しっかり摂る必要があります。長い距離を泳いで、こいで、走りきる体は、食べたものでしか作られません。だからこそ僕は、「今日は作るのが面倒だから抜く」という選択を、いちばん避けたいんです。料理に気合いを使い果たして食べる量が減るより、お惣菜でもいいから、必要な燃料を確実に体に入れるほうが、競技者としてはるかに正しい。そう割り切ったとき、僕の中で、食事をめぐる迷いがすっと消えました。

そしてこの「燃料」という考え方は、アスリートでなくても役に立つと思っています。仕事や子育てで毎日を走り抜けている人にとっても、食事は、明日のあなたを動かす燃料です。手の込んだ一皿を作れなかった日に、自分を責める必要はまったくありません。大事なのは、料理の出来ばえではなく、あなたの体に、ちゃんとエネルギーが満ちていることなのですから。


「全部やる」を諦めた先にある、自由

ここまでの話を、ひとつにまとめます。僕の食事のリアルは、結局、この一言に行き着きます。「全部自分でやる」を諦めたら、自由になれた。

これは、視覚障害があるかないかに関係なく、たくさんの人に当てはまる話だと思っています。頼れる人がいるなら、頼っていい。便利な道具があるなら、使っていい。お惣菜や冷凍で済むなら、それでいい。「自分で全部やらなきゃ」という思い込みを手放したところに、本当の自由があります。

そして、手放して空いた時間とエネルギーは、消えてなくなるわけではありません。それは、自分が本当に向き合いたいことに、まるごと回せます。僕の場合は、それがIRONMANであり、講演であり、シュクレと過ごす時間です。「諦める」というと後ろ向きに聞こえるかもしれませんが、これは、大事なことに集中するための、前向きな選択なんです。

もうひとつ、声を大にして言いたいことがあります。頼ることは、弱さではありません。むしろ、自分に何ができて、何を人にお願いするかを見極めて、ちゃんと頼れること。それは、暮らしと挑戦を長く続けていくための、立派な力です。僕は、妻に支えられ、道具に支えられ、お店に支えられて、毎日を回しています。その繋がりの中にいられることを、僕は心からありがたいと思っています。

食事は、気合いで作るものじゃない。頼り、道具で楽にし、それでも作りたいものだけ作る。それで、毎日は長く続きます。

あなたへ

最後に、あなたに伝えたいことがあります。

もし今のあなたが、家のことも仕事も全部ひとりで抱えて、すり減っているなら——どうか、ひとつだけでいいので、手放してみてください。全部を完璧にやることが、いい暮らしなのではありません。大事なことに、ちゃんとエネルギーを残せていること。それが、長く続く暮らしです。

僕がやっていることを、整理するとこうなります。

  1. 家族やパートナーに頼る(全部を自分で抱え込まない)
  2. 道具を変える(包丁ではなくキッチンハサミ/切る手間を減らすカット野菜)
  3. お惣菜や冷凍を、遠慮なく使う(エネルギーを大事なことに回す)
  4. 自分で作る楽しみは「数品」だけにする(僕の場合は鍋とカレー)

たったこれだけで、毎日の食事は、ずいぶん楽になります。気合いで料理を頑張り続けるより、上手に頼るほうが、ずっと長く続きます。そして、続くということが、暮らしでも挑戦でも、いちばん大事なことだと、僕は信じています。

見えない僕でも、こうして、食事と上手につき合いながら、挑み続けられています。だからきっと、あなたにもできます。今日の食事、ひとつだけ、誰かや何かに頼ってみてください。その小さな1ミリの選択が、あなたの明日を、少し軽くしてくれるはずです。

食事は「全部自分で」じゃない。頼って、道具で楽にして、それでも作りたいものだけ作る。手放した先に、自由があります。

💬コメント

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「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。

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最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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