シュクレが会場に入ると、あちこちから「わあ!」という声が上がります。ところが、講演が始まったとたん、シュクレは僕の足元で丸くなって、すやすや寝はじめる。子どもたちは「あれ?動かないの?」と不思議そうにします。
もしあなたが、盲導犬と暮らす人の日常を、もっと知りたいと思っているなら——。
もしあなたが、「盲導犬って、お仕事中はどうしているの?」と気になっているなら——。
もしあなたが、子どもたちに障害のことを、あたたかく伝える方法を探しているなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けながら、年間50回前後の講演を9年間続けています。
今日は、僕が盲導犬シュクレを連れて講演に行くと、何が起きるかというお話です。子どもたちの反応、講演中のシュクレの様子、そして終わったあとのこと。温かくて、ちょっと笑える、相棒との講演の風景をお届けします。
講演に、盲導犬シュクレを連れて行くことがあります。シュクレが会場に入ると、それだけで空気がふわっとやわらかくなるのが、声のざわめきで分かります。特に小学校では、子どもたちの「わあ!」という声が、あちこちから上がります。
シュクレは、フランス語で「砂糖」「甘い」という意味の名前です。シュークリームの「シュー」から取りました。その名前の通り、見た目もやさしくて、子どもたちはひと目で大好きになってくれます。まだ僕が一言も話していないのに、シュクレが登場するだけで、会場との距離がぐっと縮まるのです。名前の意味を伝えると、子どもたちは「かわいい!」とさらに盛り上がってくれます。甘い名前のとおり、シュクレは会場をやわらかく、あまく包んでくれる。僕にとって、これ以上ない、心強いスタートです。
僕は視覚障害があるので、子どもたちの表情は見えません。でも、シュクレを見たときの「わあ!」という声で、みんなが笑顔になっているのが分かります。シュクレは、僕と聞いてくれる人をつなぐ、最高の橋渡し役なのです。
不思議なもので、僕一人で会場に入るときと、シュクレと一緒に入るときとでは、最初の空気がまるで違います。僕一人だと、子どもたちは少し緊張して、静かに様子をうかがっています。「目が見えにくい人が来た。どう接したらいいんだろう」という、かすかな固さがあるのです。でも、シュクレがいると、その固さが一瞬でほどけます。かわいい相棒が、子どもたちの心を、先に開いてくれる。シュクレは、僕がまだ何も話していないうちから、もう立派に仕事をしてくれているのです。
ここで、子どもたちがいちばん驚くことをお話しします。あれだけ登場で盛り上がったのに、講演が始まると、シュクレはずっと寝ているのです。
僕の足元で、シュクレは静かに丸くなって、すやすやと眠っています。子どもたちは最初、「あれ?動かないの?」と不思議そうにします。でも、これこそが、盲導犬のすごいところなのです。盲導犬は、お仕事中、むやみに動いたり吠えたりせず、静かに待つ訓練を受けています。
盲導犬は、いつも活発に動いているわけではありません。むしろ、必要なとき以外は静かに落ち着いていることが、大切なお仕事です。講演中に足元で寝ているシュクレの姿は、子どもたちにとって、盲導犬の本当の姿を知る、いちばんの教材になります。
僕は講演の中で、この話をします。「今、シュクレは寝ているように見えますよね。でも、これがシュクレのお仕事なんです。静かに、僕のそばで待っていてくれている」。すると子どもたちは、寝ているシュクレを、さっきとは違う、尊敬のまなざしで見てくれます。静かな姿に、ちゃんと意味があると知るのです。これは、目立つことだけが立派なのではない、という大切な学びにもつながっていると思います。
そして、講演が終わると、状況が一変します。シュクレは、一気に人気者になるのです。「シュクレに会いたい!」「近くで見たい!」と、子どもたちが寄ってきてくれます。さっきまで静かに寝ていたのが嘘のように、会場の主役はシュクレになります。僕の話より、シュクレのほうが人気かもしれない、と思うこともあるくらいです。
もちろん、お仕事を終えたあとでも、勝手に触ったり、急に大声を出したりしないよう、子どもたちにはお願いします。これも大切な学びです。盲導犬には、声をかけていいときと、そっとしておくべきときがある。それを、実際にシュクレを前にして知ってもらえるのは、とても貴重な時間です。
「触りたい!」という子どもたちの気持ちは、よく分かります。シュクレは、本当にかわいいですから。でも、僕はこう伝えます。「お仕事中の盲導犬には、急に触らないでね。びっくりさせると、お仕事ができなくなっちゃうから」と。すると、子どもたちは、ちゃんと我慢してくれます。そして、僕が「今はいいよ」と言ったときの、あのうれしそうな声。我慢することも、相手を思いやることも、シュクレが教えてくれるのです。盲導犬とのふれあいは、優しさを学ぶ時間にもなっています。
仕事を終えてリラックスしたシュクレは、子どもたちの視線を浴びて、なんだか得意げに見えます。あれだけ静かに寝ていた子が、終わったとたんに注目の的になる。この静と動のギャップが、子どもたちには大うけです。会場が、最後にもう一度、あたたかい笑顔に包まれます。
ちなみに、シュクレの名前は、訓練士さんから「ちょっと繊細な子です」と言われて、僕のもとにやってきました。でも、初日からおなかを上に向けて、ころんと寝転がる「へそ天」の姿を見せてくれて、僕は思わず「どこが繊細だよ!」と笑ってしまいました。講演で人気者になったあと、リラックスしているシュクレを見るたびに、あの初日のことを思い出します。繊細と言われた子が、こんなに堂々と、たくさんの子どもたちに囲まれている。その姿が、僕にはなんだか誇らしいのです。
シュクレが一緒だと、講演に自然な笑いが生まれます。僕の講演には、もともと笑いの山場があります。それは、彼女の写真と、シュクレの写真を間違えるというボケです。
僕は視覚障害B2なので、細かい写真の見分けがつきにくい。それを生かして、「これが僕の大切なパートナーです」と言いながら、彼女とシュクレの写真を取り違える。会場は毎回、大笑いになります。そして、その笑いの主役は、いつもシュクレです。
シュクレがいるだけで、講演はあたたかくなる。笑いも、学びも、相棒が運んできてくれる。
シュクレは、何か特別な芸をするわけではありません。ただ、僕のそばにいて、静かに寝て、終わったら子どもたちに囲まれる。それだけで、講演にやさしい笑いと、あたたかい空気をもたらしてくれます。相棒がいることそのものが、僕の講演のいちばんの力になっているのです。
子どもたちから、よく聞かれることがあります。「どうして、盲導犬と一緒にいるの?」という質問です。これは、講演でも大切に答えるところです。
僕が盲導犬と暮らすことを選んだのには、理由があります。視覚障害があると、外を歩くのは、思っている以上に大変です。特に、駅のホームのような場所は、危険と隣り合わせです。僕は、もっと安心して、安全に歩きたいと思い、盲導犬と暮らすことを決めました。盲導犬は、僕が安全に歩けるように、段差や曲がり角を教えてくれる、大切なパートナーなのです。
盲導犬は、機械のように指示通りに動く道具ではありません。一緒に暮らし、一緒に歩き、信頼を積み重ねていく相棒です。シュクレと僕の間には、長い時間をかけて育ててきた信頼があります。その信頼があるから、僕は安心して、シュクレと一緒に外を歩けるのです。
この話をすると、子どもたちは「そうなんだ」と、深くうなずいてくれます。盲導犬が、ただかわいいだけの存在ではなく、僕の暮らしを支えてくれる、なくてはならない相棒なのだと、分かってくれるのです。かわいさから入って、大切さを知ってもらう。シュクレと一緒の講演だからこそ、できる伝え方です。
シュクレを連れて講演に行くことには、もうひとつ大切な意味があります。それは、盲導犬のことを、正しく知ってもらう機会になるということです。
盲導犬と暮らしていると、街で困ることもあります。盲導犬と一緒だと、お店に入りにくかったり、誤解されたりすることがあるのです。でも、それはたいてい、盲導犬のことが、まだよく知られていないから起きることだと思います。
こうしたことを、子どものうちに、実際のシュクレを前にして知ってもらえたら。その子が大人になったとき、街で盲導犬を見かけても、自然にあたたかく見守ってくれるかもしれない。講演のシュクレが、未来の優しさの種をまいている。僕は、そう信じています。
言葉で「盲導犬を大切にしましょう」と百回言うより、目の前で静かに寝ているシュクレを一度見てもらうほうが、ずっと深く伝わります。本物の相棒が、そこにいる。その姿そのものが、いちばんの教材なのです。これは、僕が一人で講演に行っても、決してできないことです。シュクレがいてくれるから、僕は盲導犬のことを、いちばん伝わる形で届けられる。相棒に、心から感謝しています。
盲導犬シュクレを連れて講演に行くと、本当にいろいろなことが起きます。登場で歓声が上がり、講演中は静かに寝て、終わると人気者になる。笑いが生まれ、学びが残り、盲導犬への理解が広がっていく。シュクレは、ただそこにいるだけで、たくさんのものを運んでくれるのです。
僕一人では、できないことがあります。でも、シュクレと一緒なら、もっと多くのことを、もっとあたたかく届けられる。支えられて、繋がる輪の中で、僕は今日もどこかの会場で、相棒と一緒に立っています。
考えてみると、シュクレは、僕の講演そのものを体現してくれている気がします。繊細と言われた子が、堂々と人気者になる。静かに待つことに、ちゃんと意味がある。かわいさの奥に、大切な役割がある。これって、僕がいつも伝えている「ピンチはチャンス」「見え方を変えれば、価値が見える」という話と、そっくりなのです。シュクレは、寝ているだけで、僕のメッセージを伝えてくれている。こんなに頼もしい相棒は、いません。
もしあなたが、どこかで盲導犬を連れた人を見かけたら、そっとあたたかく見守ってもらえたら嬉しいです。そして、もし僕とシュクレの講演を聞く機会があったら、ぜひ、足元で静かに寝ているシュクレの姿も見てあげてください。それが、シュクレの、いちばん大切なお仕事の姿なのですから。
盲導犬と暮らす人は、まだ街の中では、そう多くありません。だからこそ、講演で本物のシュクレに出会った子どもたちの記憶は、きっと長く残ると思います。「あのとき、静かに寝ていた、やさしい犬がいたな」「盲導犬って、ああいう相棒なんだな」。その小さな記憶が、いつか誰かを、やさしくしてくれる。シュクレと僕の講演が、ほんの少しでも、優しい世界につながっていく。そう信じて、僕は今日も、相棒と一緒に出かけます。最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
相棒がいるだけで、講演はあたたかくなる。シュクレと一緒に、これからも、笑いと学びを届けていきます。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人