講演の冒頭で、僕は必ずこうお願いします。「みなさんの表情が、僕にはわかりません。だから、うなずきや拍手や声で、反応を教えてください」。僕の世界は、真っ暗ではなく、輪郭はわかるけれど細部がにじむ、そんな見え方です。
もしあなたが、「視覚障害」と聞いて、真っ暗な世界を思い浮かべているなら——。
もしあなたが、身近に見えにくさを抱えた人がいて、その人の世界をもっと知りたいと思っているなら——。
もしあなたが、自分や家族の見え方が変わってきて、不安を感じているなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。
今日は、僕の「見え方」を、できるだけ言葉にしてみようと思います。「B2ってどういうこと?」「実際、どんなふうに見えているの?」——講演でもよく聞かれるこの質問に、僕が知っている範囲で、正直にお答えします。
まず、「B2」という言葉から説明させてください。
これは、パラスポーツの世界で使われる、視覚障害のクラス分けのひとつです。視覚障害といっても、見え方は人によってまったく違います。だから、競技を公平にするために、見え方の程度でいくつかのクラスに分けられているんです。
大まかに言うと、ほとんど見えない人から、ある程度見える人まで、段階があります。B2は、その中間あたり。全盲ではなく、見えにくさがある。これが、僕のクラスです。一部は見えているけれど、細かいものははっきりしない。そんな位置だと思ってもらえたらと思います。記号で言うと味気ないかもしれませんが、その背景には、一人ひとり違う見え方の現実があるんです。
ここで大事なのは、「視覚障害=何も見えない」ではないということ。クラス分けがいくつもあること自体が、見え方に幅があることを物語っています。
スポーツの世界でこういうクラス分けがあるのは、公平に競い合うためです。もし見え方の違う選手が、みんな同じ条件で競ったら、不公平になってしまう。だから、見え方の近い人どうしで競えるように、段階が設けられている。これは裏を返せば、それだけ視覚障害のある人の見え方が、一人ひとり違うということでもあります。スポーツのルールが、見え方の多様さを、ちゃんと前提にしているんです。
視覚障害には、グレーのグラデーションがある。真っ白でも真っ黒でもない人が、たくさんいる。
では、僕の見え方を具体的にお話しします。いちばん大きいのは、細かい字が見えにくいことです。
新聞の小さな文字、薬の説明書のびっしりした字、書類の細かい注意書き。ああいうものは、もうほとんど読めません。前の仕事は電気工事の現場監督で、図面を見るのが仕事でした。その細かい線や数字が見えなくなっていったときは、本当にこたえました。図面を見る仕事なのに、図面が見えない。一度で済んでいた確認が、二回、三回と増えていく。「早くしなきゃ」と思うほど、手が止まる。あの焦りは、今でも覚えています。
当時は、「昨日できたことが、今日できない」という感覚に、何度も打ちのめされました。見えにくさは、ある日突然すべてが見えなくなるのではなく、じわじわと、できることを少しずつ減らしていく。その静かな進み方が、いちばんこたえたかもしれません。悔しくて、情けなくて、でも誰にも言えなかった。今だからこうして言葉にできますが、当時の僕は、その気持ちを一人で抱え込んでいました。だからこそ、同じ思いをしている人に、「一人じゃないよ」と伝えたいんです。
だから今は、VoiceOver(音声読み上げ)に文字を読んでもらったり、画面を大きくしたりして、見えにくさを道具で補っています。読めない文字を、耳で読む。そういう工夫で、毎日を回しています。
細かい字が見えないと、日常のあちこちで小さな壁にぶつかります。お店のメニューの小さな文字、書類の細かい欄、商品の細かい表示。見える人なら一瞬で読めるものに、僕は手間をかけて向き合うことになる。でも、それを「困った」で終わらせず、「どうやったら読めるか」と考える。スマホのカメラを使ったり、音声で読み上げてもらったり、人に聞いたり。読めないことそのものは変えられなくても、読む方法はいくらでも工夫できる。この切り替えが、僕の毎日を支えています。
もうひとつ、僕の見え方を表す言葉が「霞む」です。
緑内障の最初の異変も、目が霞むことでした。視界全体が、すりガラス越しに見ているような、ぼんやりした感じ。輪郭がはっきりしない。色や大きなかたちはわかっても、細部がにじむ。そんな見え方です。霞みは、その日の明るさや体調によっても、少し感じ方が変わります。だから、いつも同じように見えているわけではない、というのも、ぜひ知っておいてもらえたらと思います。
晴れた日の景色も、人の顔も、僕にとってはくっきりとは見えていません。だからこそ、僕は講演の冒頭で必ずこうお願いします。「みなさんの表情が、僕にはわかりません。だから、うなずきや拍手や声で、反応を教えてください」。これは僕の正直なお願いであると同時に、見えにくさを工夫でカバーする、ひとつの方法でもあるんです。
「霞む」という言葉は、僕にとってはとても身近ですが、見える人にうまく伝えるのは難しいなと、いつも感じます。たとえば、お風呂上がりの曇った鏡を思い浮かべてもらうと、少し近いかもしれません。あるいは、湯気の向こうを見ているような感じ。輪郭はわかる、でも細部はにじむ。そんな世界を、僕は毎日見ています。でも、これも人それぞれで、僕の「霞む」と、別の人の「霞む」は、きっと違う。だから、たとえはあくまでたとえ。本当のところは、その人にしかわからないんです。
細かい字が見えないなら、耳で読む。表情が見えないなら、声で教えてもらう。見えにくさは、消すことはできなくても、工夫で補うことはできる。ピンチはチャンス、カギは工夫。僕の毎日は、この合言葉でできています。見え方を嘆くより、その見え方でどう生きるかを工夫する。そこに気持ちを向けると、できることが、ぐっと増えていきます。
僕の見え方の話で、どうしてもお伝えしたい日があります。それは、最初の異変が起きた日のことです。
27歳のとき、ある日、天井の照明の周りが虹色に見えたんです。光の周りに、ふわっと虹の輪っかがかかっているような。あわせて目の痛みや、霞み、頭痛もありました。「なんだろう、これ」と思って病院に行ったら、緑内障と言われました。
正直、そのときは「へ〜、そんな病気があるんだ〜」と、軽く考えていました。まさかこの病気が、僕の見え方を、僕の人生を、これほど変えていくとは思ってもいませんでした。照明が虹色に見えたあの日が、振り返れば、僕の見え方が変わっていくスタート地点だったんです。
照明の周りの虹色。あれが、僕の人生の景色が変わり始めた合図だった。
ここまで僕の見え方をお話ししてきましたが、いちばん伝えたいのは、見えにくさは、人それぞれだということです。
同じ視覚障害でも、僕のように細かい字が見えにくい人もいれば、視界の一部が欠けて見える人、まぶしさに弱い人、明るさの感じ方が違う人——本当にさまざまです。同じB2でも、原因や経過が違えば、見え方も違う。「視覚障害の人はこう見えている」と、ひとくくりにできるものではないんです。
だから僕は、この記事のタイトルにも「僕の見え方」とは書きましたが、「視覚障害B2の見え方」と言い切ってはいません。これはあくまで、中澤隆という一人の見え方。同じB2の別の人が読んだら、「いや、僕はちょっと違うな」と思うかもしれない。それでいいんです。むしろ、その違いこそが、見えにくさは人それぞれだという何よりの証拠。僕の話を入り口に、あなたの周りの人の見え方にも、興味を持ってもらえたら嬉しいなと思います。
だから、もしあなたの周りに見えにくさを抱えた人がいたら、「どんなふうに見えているんですか?」と聞いてみてほしい。決して失礼なことではありません。むしろ、その人の世界を知ろうとしてくれる、嬉しい一言です。一人ひとりの見え方を、その人から教えてもらう。それがいちばん確かな理解だと、僕は思っています。
僕が講演でこの話をするのも、同じ理由からです。「視覚障害の人はこう見えている」と教科書のように言ってしまうのは、簡単です。でも、それでは伝わらない。だから僕は、僕自身の見え方を、僕の言葉でお話しします。細かい字が見えにくいこと、視界が霞むこと、かつて照明が虹色に見えたこと。これは僕の一次情報で、僕にしか語れないこと。聞いてくれた人が「視覚障害といっても、こんなに人それぞれなんだ」と気づいてくれたら、それでこの話をした意味があるんです。
僕の見え方は、緑内障が進むなかで変わってきました。細かい字が見えなくなり、霞みが広がっていく。その過程は、決して楽なものではありませんでした。
でも、見え方が変わったからといって、世界が閉じたわけではありませんでした。むしろ、見えにくくなってから、僕はトライアスロンに出会い、たくさんの仲間に支えられ、繋がる輪の中で、今こうしてIRONMANに挑み続けています。盲導犬シュクレという相棒もできました。見え方が変わったことで、新しい世界がひらけた、とさえ思っています。
もちろん、見え方が変わっていく過程では、怖さもありました。夜になるのが怖かった時期もあります。眠って朝起きたとき、もっと見えなくなっていたらどうしよう、と。一度狭くなった視野は戻らない。そう知ったとき、本当にこたえました。でも、その怖さの中にいた僕を、外に連れ出してくれたのがスポーツであり、人とのつながりでした。見え方そのものは変えられなくても、その見え方とどう向き合って生きるかは、自分で選べる。僕はそうやって、霞んだ視界の中で、自分なりの歩き方を見つけてきたんです。
見え方が変わることは、世界が終わることじゃない。別の景色が、そこから始まる。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今日は、僕の見え方を言葉にしてみました。細かい字が見えにくい。視界が霞む。かつて照明が虹色に見えた。これが、僕の知っている僕の世界です。でも、これはあくまで「僕の」見え方。あなたや、あなたの大切な人の見え方は、また違うはずです。
見えにくさは、人それぞれ。だからこそ、わかったつもりにならず、一人ひとりに耳を傾けたい。僕も、講演やこのブログで僕の世界をお伝えしながら、同時にいろんな人の見え方を教えてもらいたいと思っています。
見える、見えない。その間には、たくさんのグラデーションがあります。そのグラデーションの一点に、僕はいます。あなたが今日、この記事を通して、僕の世界を少しでものぞいてくれたなら、それが何より嬉しいです。
そして、もしあなた自身が今、見え方の変化に不安を感じているのなら、これだけは伝えたい。見え方が変わっても、あなたという人は変わりません。見えにくくなったぶん、別の感覚や、別の出会いや、別の生き方が、きっとそこから始まります。僕がそうだったように。怖さは、あって当たり前。でも、その怖さの先に、新しい景色が待っていることもある。一歩ずつ、一緒に進んでいきましょう。
僕はこれからも、僕の見え方を言葉にし続けます。それが、同じように見えにくさを抱える誰かの支えになるかもしれないし、見える人が見えにくい人を理解する手がかりになるかもしれない。見え方を語ることは、僕にとって、繋がる輪を広げるための、ひとつの行動です。今日の話が、あなたとの間に、小さな橋をかけられていたら嬉しいです。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人