店員さんが「どうぞ」とメニューを渡してくれる。開いても、文字はにじんで読めない。隣の人が「どれにする?」と楽しそうに聞いてくる。でも僕にとって、その紙はただの白い紙に近いんです。
もしあなたが、視覚に障害のある人と一緒に外食したとき、メニューをどう渡したらいいのか分からず戸惑った経験があるなら——。
もしあなたが、自分や家族が見えにくくなって、外食から足が遠のいてしまったなら——。
もしあなたが、「メニューが読めない」という、ただそれだけのことで、人と会う時間まで諦めかけているなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・プロ講演家の中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬のシュクレと一緒に、年間50回前後、全国の学校・企業・自治体を講演で回りながら、IRONMAN(スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km=合計226km)のサブ11時間挑戦を続けています。視覚障害B2というのは、視力が大きく落ちて、目の前のものはぼんやり分かるけれど、文字を読むのはとても難しい、という状態だと思ってもらえれば近いです。
今日お話しするのは、僕がずっと悩んできた、ものすごく身近なテーマです。それは「外食」。レストランでメニューを渡されても、僕にはそれが読めません。今日はその「読めない」を、どんな段取りで乗り越えて、外食を楽しい時間に変えているか——僕の一次情報を、全部お伝えします。気合いの話ではありません。誰でも真似できる、具体的な段取りの話です。
席に案内されて、店員さんがメニューを「どうぞ」と渡してくれる。
あの瞬間が、僕にとっては長いあいだ、小さな緊張のスイッチでした。
渡されたメニューを開いても、文字がにじんで読めない。写真があっても、それが何の料理なのか、価格がいくらなのか、はっきりとは分からない。隣に座った人が「どれにする?」と楽しそうに聞いてくる。でも僕にとっては、その紙はただの白い紙に近い。
「すいません、メニューを読んでもらえますか」と頼むべきか。
それとも、悩ませるくらいなら、いつも同じものを頼んでおこうか。
外食のたびに、僕は心の中で、こういう小さな問答を繰り返していました。
正直に言うと、一時期は「外食って、ちょっと面倒だな」と思っていた時期もあります。でも、それはとてももったいないことでした。外食は、ただご飯を食べる場所ではなく、人と会って、話して、関係を深める場所だからです。だから僕は、悩むのをやめて、段取りを作ることにしました。カギは、気合いではなく工夫。これは僕がずっと大切にしている考え方です。
外食は、メニューを「読む」場所じゃない。食べる時間と、人との会話を楽しむ場所だ。
外食の段取りは、お店に着いてから始まるのではありません。お店を選んだ瞬間から、もう始まっています。
僕がやっているのは、とてもシンプルなことです。
つまり、「店内で読む」のではなく「店外で読む」。これが僕の基本中の基本です。お店の中で、限られた時間と薄暗い照明の中でメニューと格闘するのは、僕にとって一番つらい状況です。だったら、自宅の、自分のペースで、明るいところで、ゆっくり読んでしまえばいい。
ここで活躍するのが、スマホです。視覚障害B2の僕にとって、スマホの画面拡大機能は、本当に強力な武器です。なかでも僕がよく使うのが、白黒反転と拡大の組み合わせです。背景を黒に、文字を白に反転させて、ぐっと大きくする。すると、まぶしさが減って、文字の輪郭がはっきりして、ずいぶん読みやすくなります。これを使えば、自宅のソファでくつろぎながら、お店のメニューを先に「予習」できるんです。
お店に着く頃には、僕の頭の中には、もう「だいたい何があるか」が入っている。だから席についても、慌てません。「ああ、あれを頼もうと思っていたんだ」と、落ち着いて注文できる。準備の8割は、お店に着く前に終わっている。この感覚があるだけで、外食のハードルは驚くほど下がります。
見えにくい人にとって、その場で読むことが一番難しい。だったら、戦う場所を自分で選び直せばいい。自宅で、自分のペースで、スマホの白黒反転+拡大でゆっくり読む。段取りは、お店に着く前にほとんど終わらせておく。これだけで、外食はぐっと楽になります。
お店に入って席に着いたら、僕は店員さんに、最初に一言だけ伝えます。
「視覚障害があって、メニューが少し見えにくいんですが、おすすめを教えてもらってもいいですか?」
ここで大事にしているのは、これを「お願い」ではなく「情報共有」として伝える、ということです。「すいません、申し訳ないんですけど…」と小さくなって頼むのではなく、「僕はこういう状況なので、ここを一緒に手伝ってもらえると助かります」と、フラットに伝える。これは、僕がずっと大切にしている考え方そのものです。助けてもらうことは、弱さではありません。
そして面白いことに、この一言は「会話のきっかけ」にもなります。店員さんは、たいてい笑顔で「今日のおすすめは○○です」「うちの人気はこれですよ」と教えてくれる。見えにくいということを「迷惑」として隠すのではなく、「会話の入り口」に変えてしまう。すると、注文という事務的なやりとりが、ちょっとした人との交流に変わるんです。
僕は講演で「頼ることで、人との関係はむしろ深まる」とよく話します。外食はその一番小さくて、一番分かりやすい練習の場だと思っています。最初の一言を、勇気ではなく「段取りの一部」として用意しておく。そう決めてしまえば、もう緊張しません。
「見えにくい」を隠すと壁になる。先に伝えると、それは会話の入り口になる。
とはいえ、おすすめだけでなく、自分でメニューの中から選びたいときもあります。そんなとき、店員さんに「メニューを読み上げてほしい」とお願いするのですが、ここにもコツがあります。
それは、全部読んでもらおうとしないこと。
メニューを最初から最後まで読み上げてもらうと、ものすごく時間がかかります。店員さんも大変だし、僕も全部は覚えきれない。お互いに疲れてしまう。だから僕は、必ずカテゴリで絞ってお願いします。
こうやって範囲を絞ると、店員さんも答えやすくなります。「肉料理だけ」なら3つか4つ。これくらいなら、僕も頭の中に置いておけます。お互いの時間を節約できて、しかも自分でちゃんと選べる。これは、僕の生き方の核にある考え方とまったく同じです。選択肢を絞ることで、決めやすくする。見えにくい僕にとって、情報を「絞る」ことは、生活のあらゆる場面で効く魔法のような工夫です。
注文を決められずにダラダラと迷う時間は、自分にとっても、一緒にいる人にとっても、ちょっと気まずいものです。でも「肉料理だけ」と絞れば、決断は一気に速くなる。段取りとは、つまり「迷う時間を先回りして減らしておくこと」なのだと思います。
読み上げを頼むときは、メニュー全部ではなく「肉料理だけ」「ノンアルだけ」と範囲を絞る。絞れば店員さんも答えやすく、自分も覚えやすく、決断が速くなる。情報を絞ることは、見えにくい人にとって最強の生活術です。
ここまで読んでくれたあなたに、僕が一番効果を実感している段取りをお伝えします。それは、外食の「定番店」を3つ持っておくことです。
僕が意識して持っているのは、こんな3つです。
定番店があると、メニューに迷う時間がゼロになります。お店に入って、「いつもの」と注文できる。これは、見えにくい僕にとって、想像以上に大きな安心です。メニューを読む、というステップそのものを飛ばせるからです。
特に出張のときは、これが効きます。講演で初めての土地に行くと、ただでさえ慣れない移動で気を張っています。そんなとき、主要駅の近くに「ここなら大丈夫」というお店が一つあるだけで、心がふっと軽くなる。お店の人とも顔なじみになって、「中澤さん、今日も講演ですか?」なんて声をかけてもらえると、知らない土地でも、自分の居場所があるような気持ちになります。
盲導犬同伴のお店を確保しておくことも、僕には欠かせません。盲導犬は法律で同伴が認められていますが、お店の側がそれを知らないこともあります。だから僕は、初めてのお店に行く前には、できるだけ「盲導犬と一緒に入れますか?」と先に確認するようにしています。電話一本、メッセージ一通の確認で、当日に入口でまごつくことがなくなる。これも立派な段取りです。一度「大丈夫ですよ」と言ってもらえたお店は、安心して通える定番店になっていきます。
「いつもの」と言える店が3つあるだけで、外食の不安はほとんど消える。
もちろん、いつも定番店に行けるわけではありません。仕事の付き合いや、誰かに誘ってもらって、初めてのお店に行くこともたくさんあります。そんなときのために、僕には「初めてのお店での鉄則」があります。
共通しているのは、「迷ったら、おすすめ」と決めて、その決断に縛られるということです。あれこれ全部を比べて、一番いいものを選ぼうとすると、見えにくい僕は情報の海でおぼれてしまいます。だから、最初から「迷ったらおすすめにする」とルールを決めておく。そうすれば、迷う時間がほぼゼロになります。
これは、僕が競技や仕事でも使っている考え方です。選ぶ時間を減らして、楽しむ時間を増やす。料理だって同じです。どれにしようかと延々と悩む時間より、出てきた料理を味わって、目の前の人と話す時間のほうが、ずっと豊かです。「最高の一皿を選べたか」より、「楽しい時間を過ごせたか」のほうが、僕にとってはよっぽど大事なんです。
それに、店員さんのおすすめは、たいてい本当に美味しい。お店が自信を持って出しているものだからです。「迷ったらおすすめ」という鉄則は、外す確率がとても低い、賢い段取りでもあるんです。
初めてのお店では、おすすめ・セット・写真付きの3つから選ぶ。「一番いいものを探す」のではなく「迷ったらおすすめ」とルールを決めておく。決断を先に縛っておけば、迷う時間が消えて、味わう時間と会話の時間が増えます。
ここまで、5つの段取りをお伝えしてきました。でも、僕がこの記事で一番伝えたいのは、テクニックそのものではありません。
視覚障害B2になると、外食を「億劫だな」と感じてしまう人は、きっと少なくないと思います。メニューが読めない。店員さんに頼むのが恥ずかしい。一緒にいる家族や友人に、気を使わせてしまうのが申し訳ない。その気持ちは、僕にも痛いほど分かります。僕自身が、そうだったからです。
でも、ここで立ち止まって考えてほしいんです。外食を諦めるということは、人と会う機会そのものを減らしてしまう、ということです。
食事は、人と人をつなぐ、一番あたたかい時間です。「今度ご飯でも」という一言から、どれだけの関係が始まり、深まってきたか。見えにくいからこそ、僕は、外に出て、人と会って、同じテーブルを囲む時間を、意識して死守したいと思っています。家にこもってしまうのは簡単です。でも、僕を支えてくれる人たちとの繋がりは、こういう何気ない時間の積み重ねの中で育っていくものだからです。
家族や友人と外食するとき、僕はできるだけ「気を使わせない工夫」もしています。事前にメニューを調べておくのも、その一つです。一緒にいる人が「中澤さん、これ読もうか?」と毎回気を回さなくても、僕が自分で段取りを済ませておけば、みんなが普通に食事を楽しめる。僕が段取りで自立しているほど、まわりの人も肩の力を抜いて、一緒の時間を楽しめるんです。これは、支えてくれる人への、僕なりの感謝の形でもあります。
そして、こうやって段取りを整えていくと、外食の見え方そのものが変わってきます。店員さんとのちょっとしたやりとりが、旅先の楽しみになる。「このあたりで美味しいお店、ありますか?」と聞けば、地元の人しか知らない一皿に出会えたりする。見えにくいからこそ生まれる会話が、旅をもっと豊かにしてくれる。僕にとって外食は、もう「乗り越えるべき困りごと」ではなく、「人と繋がるための入り口」になりました。
外食を楽しむことは、人と繋がり続けることを選ぶ、ということ。
最後に、これを読んでくれているあなたに、手紙のように伝えたいことがあります。
もしあなたが、見えにくさを抱えていて、外食から足が遠のいているのなら。あるいは、大切な人が見えにくくなって、どう一緒に食事を楽しめばいいか悩んでいるのなら。どうか、「もう無理かな」と諦めてしまう前に、段取りを一つだけ、試してみてほしいんです。
今日お伝えしたことを、もう一度だけ、シンプルにまとめます。
全部を一度にやる必要はありません。どれか一つ、できそうなものから始めれば十分です。カギは、気合いではなく工夫。たった1ミリの段取りが、外食の景色を変えてくれます。
僕は今日も、外食します。シュクレも一緒に。メニューが読めなくても、僕の外食は、ちゃんと楽しい時間です。それは、特別な才能のおかげではなく、ただ段取りを整えてきたからです。段取りは、誰にでも作れます。そして段取りは、あなたの世界を、確実に広げてくれます。
あなたの次の食事が、誰かと笑い合える、あたたかい時間になりますように。そして、その時間の中で、あなたを支えてくれる人たちとの繋がりが、また少し深まりますように。心から、そう願っています。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人