眠って、朝起きたら、見えなくなっていたらどうしよう——。布団に入っても、目を閉じるのをためらって、暗い天井に向かって答えの出ないことをぐるぐると考える。31歳で視覚障害者になりたての頃、僕はその「夜」が、本当に怖かったんです。
もしあなたが、今、夜になると、言いようのない不安に包まれるなら——。
もしあなたが、眠ってしまうのが怖くて、布団の中で目を開けているなら——。
もしあなたが、静かな部屋で、悪い想像ばかりが止まらなくなる夜を過ごしているなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けながら、年に50回ほど、全国でお話をさせてもらっています。
今でこそこうして毎日を前向きに過ごしている僕ですが、31歳で視覚障害者になったばかりの頃、僕は「夜」が、本当に怖かったんです。今日は、その不安な夜のことと、そこから僕がどうやって抜け出していったのかを、一次情報でお伝えします。
31歳で、僕は視覚障害者になりました。それまで当たり前に見えていた世界が、少しずつ狭くなり、霞んでいく。昼間は、まだいいんです。仕事があったり、誰かと話していたり、やることがあると、気持ちがそっちに向いてくれる。問題は、夜でした。
日が暮れて、一日のやることが終わって、部屋が静かになっていく。その時間が、僕はだんだん怖くなっていきました。何が怖いのか、最初は自分でもうまく言葉にできませんでした。ただ、夜が近づいてくると、胸の奥がざわざわして、落ち着かなくなる。明るいうちは押し込めていたものが、暗くなると、ぜんぶ表に出てきてしまう感じでした。
視覚障害になりたての頃というのは、自分でも自分の状態をまだうまく受け止めきれていない時期です。明日の自分がどうなっているのか、誰にも分からない。その「分からなさ」が、夜になると、いちばん重くのしかかってきました。
昼間の僕は、たぶん、周りから見れば普通でした。人と話して、笑って、用事をこなして。でも、それは半分、無理をしていたんだと思います。明るいうちは、いろんなことに気を取られて、不安を心の奥に押し込んでおける。ところが夜になると、その押し込んでいた蓋が、ひとりでに開いてしまう。昼間がんばって閉じておいたものが、暗くなるとぜんぶ溢れ出してくる。だから僕にとって、夜は「素の自分」と向き合わされる時間でもありました。そして、その素の自分は、思っていた以上に、怖がっていたんです。
僕がいちばん怖かったのは、これです。眠って、朝起きたら、見えなくなっていたらどうしよう。
緑内障は、一度失った視野が戻らない病気です。少しずつ進行していく。だから僕の頭の中では、こんな想像が膨らんでいきました。今夜眠って、明日の朝、目を開けたとき、今日まで見えていたものが、見えなくなっていたら。そのまま、世界が暗くなっていったら。
眠るというのは、本来なら一日の疲れを癒やす、安心の時間のはずです。でもあの頃の僕にとって、眠ることは、「次に目を開けたとき、何が見えなくなっているか分からない」という、賭けのような時間でした。だから、眠るのが怖かった。布団に入っても、目を閉じるのをためらってしまう。瞼を下ろした瞬間に、何かを失ってしまう気がして。
僕を苦しめていたのは、痛みでも、今この瞬間の不自由でもありませんでした。「明日の自分がどうなっているか分からない」という、未来の不確かさです。人は、目の前の苦しさより、見えない先のことに、ずっと大きな不安を感じるものなのかもしれません。
夜の静けさは、不安にとって、最高の舞台でした。
昼間は、いろんな音や用事が、悪い想像を中断してくれます。でも夜、誰もいない静かな部屋では、僕の頭の中の声を遮るものが、何もありません。一つ不安を思い浮かべると、それが次の不安を呼んで、その不安がまた次を呼んで——気づけば、まだ起きてもいないことを、どんどん最悪の方向へ想像していました。
仕事はどうなるんだろう。これから、どうやって生きていくんだろう。誰かの世話になるばかりになるんじゃないか。考えても答えの出ないことを、暗い天井に向かって、ぐるぐると考え続ける。眠れない。眠れないから、また考える。その悪循環の中で、夜はどんどん長くなっていきました。
不思議なもので、夜に考える未来は、いつも最悪の形をしていました。同じことを昼間に考えれば、「まあ、なんとかなるかもしれない」と思えることでも、夜にひとりで考えると、必ず悪いほうへ悪いほうへと転がっていく。たぶん、暗さと静けさと、疲れと。そういうものが重なると、人の心は、いちばん怖い結末を選んでしまうようにできているのかもしれません。あの頃の僕は、毎晩、自分の頭の中で、まだ起きてもいない最悪の未来を、何度も上映していました。
あの頃の僕に、もし誰かが「考えすぎだよ」と言ったとしても、たぶん止められなかったと思います。不安というのは、理屈で止まってくれるものではないからです。
当時の僕は、なんとかこの不安を「消そう」としていました。考えないようにしよう。気にしないようにしよう。前向きに、前向きに。そう自分に言い聞かせて。
でも、これがうまくいかないんです。「考えないようにしよう」と思うと、かえってそのことばかり考えてしまう。不安は、押さえつけようとすると、押し返してくる。蓋をしようとすればするほど、隙間から噴き出してくる。今ならその仕組みが少し分かりますが、当時はただ、消えてくれない不安に、ますます追い詰められていくばかりでした。
振り返ると、あの時期の僕は、間違った向き合い方をしていたんだと思います。不安を「敵」だと思って、ねじ伏せようとしていた。でも、不安は、ねじ伏せる相手ではなかったんです。
不安は、消そうとすると大きくなります。蓋をしようとするほど、押し返してくる。あの頃の僕は、消えない不安と、毎晩、終わりのない押し問答をしていました。
そんな夜に、少しずつ変化をくれたのが、トライアスロンでした。
きっかけは、テレビで全盲の女の子がトライアスロンをしている映像を見たことです。「僕よりも見えない子が、こんなふうに挑んでいる。僕はまだ見えている。だったら、僕にもできるかもしれない」。そう思って、僕は競技を始めました。
そうしたら、僕の夜が、少しずつ変わっていったんです。
最初に泳ぎに行ったとき、僕は25メートルも、満足に泳げませんでした。少し走れば膝が痛くなる。体は、思うように動いてくれませんでした。客観的に見れば、できないことだらけのスタートです。でも不思議なことに、その「できないこと」に向き合っている時間は、夜に布団の中で「見えなくなったらどうしよう」と怯えている時間より、ずっと健やかでした。同じ不安を抱えていても、体を動かしている自分のほうが、ちゃんと「生きている」感じがしたんです。
競技を始めると、生活に「明日の予定」が入ってきます。明日は、泳ぎに行く。明日は、走る。明日は、ガイドさんと一緒に練習する約束がある。すると、布団に入ったとき、頭に浮かぶものが変わりました。「朝起きたら見えなくなっていたら」という想像の代わりに、「明日は何時に起きて、どこへ行くんだったかな」という、具体的な段取りが入ってくる。
不思議なものです。「明日やることがある」というだけで、夜の意味が変わるんです。眠ることが、「何かを失うかもしれない賭け」から、「明日のための準備」に変わっていく。明日の自分に、待ち合わせがある。だから、ちゃんと眠って、ちゃんと起きなきゃいけない。その小さな責任が、僕を悪い想像から引き離してくれました。
それに、競技を始めて、体が変わっていくのも大きかった。最初は25メートルも泳げなかったのが、少しずつ、長く泳げるようになる。膝が痛くて走れなかったのが、だんだん走れる距離が伸びていく。そうやって、自分の体に「できること」が増えていくと、心も少しずつ前を向いていきました。夜の不安は、「自分にはもう何もできないかもしれない」という気持ちと、どこかで繋がっていたんだと思います。だから、昼間に「できること」が一つ増えるたびに、夜の不安は、一つずつ小さくなっていったんです。
トライアスロンは、僕の不安を消してくれたわけではありません。ただ、「明日の予定」という新しいものが、頭の中の場所を取ってくれた。空っぽの部屋に悪い想像が住み着くなら、そこに別の住人を入れればいい。僕にとっての新しい住人が、「明日の練習」でした。
ここで、一つ正直に書いておきたいことがあります。トライアスロンを始めたからといって、僕の不安が、きれいさっぱり消えたわけではありません。今でも、未来のことを思うと、心がざわつく夜は、ないとは言えない。
でも、僕は学んだんです。不安は、消さなくていい。消そうとしなくていい。抱えたまま、動けばいい。
僕がいつも大事にしている合言葉に、「一ミリの行動」という言葉があります。どんなに不安でも、人は一ミリだけ動ける。明日、泳ぎに行く。それだけのことが、不安を抱えた僕を、前に運んでくれました。不安と一緒に、動く。不安がなくなるのを待つのではなく、不安があるまま、足を一歩前に出す。それができるようになってから、夜は、少しずつ怖くなくなっていきました。
講演でも、僕はよくこの話をします。スポーツが僕に与えてくれたものの一つは、「外に出る理由」でした。不安を抱えたままでも、動ける理由。あの全盲の女の子が画面の向こうで僕にくれたのは、競技そのものより、「不安なまま、それでも動いていいんだ」という許しだったのかもしれません。
考えてみれば、不安というのは、消そうとして向き合うより、背中を向けて一歩踏み出したときに、ふっと小さくなるものなのかもしれません。じっと座って不安と睨み合っていると、不安はどんどん大きく見えてくる。でも、立ち上がって、明日の練習に出かけてしまえば、不安はいつのまにか、背中の後ろに回っている。完全に消えるわけじゃない。でも、前を向いて歩いている限り、不安はいつも、僕の後ろにいてくれる。前にいて行く手を塞ぐのではなく、後ろからついてくる。それくらいの距離なら、抱えたまま歩いていけるんです。
もし今、あなたが、眠るのが怖い夜を過ごしているなら。静かな部屋で、悪い想像が止まらなくなっているなら。あの頃の僕の隣に座るような気持ちで、これを書いています。
その不安を、無理に消そうとしなくて大丈夫です。消えないからといって、あなたが弱いわけでも、間違っているわけでもありません。不安は、消す相手ではないんです。
代わりに、明日の小さな予定を、一つだけ作ってみてください。散歩でも、好きな飲み物を買いに行くことでも、何でもいい。「明日、これをやる」という小さな約束を、自分と一つ交わす。そうすると、眠ることが、失う時間ではなく、明日のための準備になります。頭の中の空いた部屋に、悪い想像ではなく、明日の予定を住まわせてあげてください。
それから、もし可能なら、その不安を、誰かに話してみてください。あの頃の僕は、夜の怖さを、ずっと一人で抱えていました。でも、トライアスロンを通じて仲間ができ、ガイドさんと一緒に過ごす時間が増えるうちに、気づいたんです。怖さは、一人で抱えると重くなり、誰かと分け合うと軽くなる。眠れない夜のことを、ぽつりと誰かに話せるだけで、心はずいぶん楽になります。あなたの夜が、あなた一人だけのものになりませんように。
僕は、弱さと行動は両立すると信じています。不安なまま、人は一ミリだけ動ける。その一ミリが、長くて怖かった夜を、少しずつ短くしてくれます。あの頃の僕が、今こうして眠れているように。あなたの夜にも、いつか静かな安心が戻ってきますように。
不安は、消さなくていい。抱えたまま、明日の小さな予定へ向かって、一ミリ動けばいい。眠ることが「失う時間」から「準備の時間」に変わったとき、夜は少しずつ、怖くなくなります。
今夜、あなたが少しでも安心して眠れますように。最後まで読んでくれて、ありがとうございました。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人