キーボードは打ちません。画面に向かって声でしゃべり、VoiceOverの読み上げで聞き返す。この往復で、僕は毎週このブログを書いています。
もしあなたが、目が見えにくくなって「もう文章なんて書けない」とあきらめかけているなら——。
もしあなたが、新しい道具やテクノロジーを前に「自分には難しそう」と尻込みしているなら——。
もしあなたが、誰かに何かを伝えたいのに、その手段が見つからずにいるなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。細かい字が見えにくい僕が、それでも毎週このブログを書き続けています。
今日は、いつもみなさんが読んでくださっているこのブログを、僕が実際にどうやって書いているのか、その裏側を正直にお話しします。VoiceOver(音声読み上げ)と、AIと、僕。この三人四脚の書き方です。
まず、僕の今の見え方を少しだけお伝えします。僕は視覚障害B2。全盲ではありませんが、細かい字がとても見えにくい。パソコンの画面に並ぶ小さな文字を、目で追って読んだり書いたりするのは、もうずいぶん前から難しくなりました。
27歳で緑内障と診断されてから、僕の視力は少しずつ変わっていきました。前の仕事は電気工事の現場監督で、図面を見るのが仕事でした。その図面の細かい線や文字が見えなくなっていったとき、僕は本当に悔しかった。昨日まで読めていた字が、今日は読めない。文字を読む、文字を書く——それは僕にとって、一度はあきらめかけたことだったんです。
でも今、僕はこうして文章を書いています。しかも毎週、何本も。なぜそんなことができるのか。答えはシンプルで、目で書くのをやめて、声と耳で書くことにしたからです。
「目で書くのをやめる」と言うと、ずいぶん思い切ったことのように聞こえるかもしれません。でも、見えにくい僕にとっては、これがいちばん自然な選択でした。見えないものを無理に見ようとするのではなく、見えなくてもできる方法に切り替える。目の代わりに、耳と声を使う。発想を変えただけで、あきらめかけていた「書く」が、もう一度、僕の手に戻ってきたんです。
見えなくなったのは「目で書く方法」だけ。書くこと自体をあきらめる理由には、ならなかった。
最初に紹介したいのが、VoiceOver(ボイスオーバー)です。これは、画面に表示されている文字を、音声で読み上げてくれる機能です。iPhoneにもパソコンにも、最初から入っています。
僕は、画面を目で見る代わりに、VoiceOverに読み上げてもらって「耳で見て」います。今カーソルがどこにあるのか、どんな文字が入力されたのか、ボタンには何と書いてあるのか。全部、音で教えてくれる。目で確認できないぶん、耳がその役割を引き受けてくれているんです。
慣れるまでは、正直に言って大変でした。読み上げのスピードも独特だし、最初は何を言っているのか聞き取るだけで精一杯。でも、毎日少しずつ触っているうちに、だんだん耳が慣れてきて、今では速い読み上げでも内容がわかるようになりました。これも、いきなりできたわけじゃない。1ミリずつ、耳を慣らしていった結果です。最初の数日でうまくいかなくても、そこでやめてしまわなかったことが、今につながっています。
VoiceOverも白杖も盲導犬も、手にした初日から完璧に使えるわけじゃありません。毎日触って、毎日歩いて、少しずつ自分の一部になっていく。新しい道具を前に「難しそう」と感じるのは当たり前。その先に「慣れ」があることを、僕は知っています。
文字を読むのがVoiceOverなら、文字を「書く」ほうを助けてくれるのが音声入力です。キーボードを打つ代わりに、僕は声で文章を入れていきます。
iPhoneのSiriにも音声入力があるし、パソコンでも声で文字を打ち込めます。僕は頭の中に浮かんだ言葉を、そのまま声に出す。すると画面に文字になって現れる。VoiceOverがそれを読み返してくれるので、「ちゃんと入ったかな」を耳で確認できる。この往復で、文章ができていきます。
面白いのは、声で書くと、文章がちょっと話し言葉っぽくなることです。僕のブログが、まるで目の前のあなたに語りかけているような文体なのは、たぶんこのせい。実際、僕は画面の向こうのあなたに話しかけるつもりで、声に出しているんです。手紙を書くというより、手紙を「しゃべっている」感覚に近いかもしれません。
音声入力にも、もちろんクセはあります。固有名詞をうまく聞き取ってくれなかったり、同じ音の別の漢字に変換されたり。「あれ、今のちゃんと入ったかな」と思ったら、VoiceOverで聞き返して確かめる。違っていたら、言い直す。この小さなやりとりの繰り返しです。最初はこの手間を面倒に感じることもありました。でも今は、これも書くことの一部だと思っています。むしろ、声に出して、聞き返して、また直す——この往復の中で、自分が本当に言いたいことが、だんだんはっきりしてくる。声で書くことには、声で書くなりの良さがあるんです。
キーボードが打てなくても、声がある。書く方法が変わっただけで、伝えたい気持ちは何も変わらない。
ここは、正直にお話ししておきたいところです。このブログは、AIの力も借りて書いています。
音声入力で出した僕の言葉は、そのままだと話があちこちに飛んだり、同じことを繰り返したりします。声でしゃべっていると、どうしてもそうなる。そこを整理して、読みやすい文章のかたちにするところで、AIに手伝ってもらっています。
でも、勘違いしてほしくないのは、中身は全部、僕のものだということ。僕が体験したこと、僕が感じたこと、僕の言葉。それをAIが勝手に作っているわけじゃありません。僕が声で出した素材を、AIが読みやすく並べ直してくれる。料理にたとえるなら、食材を選んで味付けの方向を決めるのは僕で、盛り付けを手伝ってもらっているような感じです。
「AIに書かせているなんて」と思う方もいるかもしれません。でも僕は、これを隠したくない。むしろ、見えにくい僕がこうして発信を続けられているのは、こういう道具たちのおかげだと、胸を張って言いたいんです。
考えてみれば、僕は普段から、いろんな道具に支えられて生きています。盲導犬シュクレに導いてもらい、白杖で足元を確かめ、VoiceOverで文字を読み、キャッシュレスで支払いをする。どれも、見えにくさを補ってくれる相棒です。AIも、その仲間のひとつ。文章を書くという場面で、僕の見えにくさをそっと補ってくれている。だから僕にとって、AIの力を借りることは、白杖を持つことや、盲導犬と歩くことと、何も変わらないんです。道具を使うのは、ずるいことでも、恥ずかしいことでもない。使える道具を、ちゃんと使う。それが工夫です。
細かい字が見えないというピンチを、VoiceOver・音声入力・AIという工夫で乗り越える。道具を組み合わせれば、できないと思っていたことができるようになる。これはまさに、僕がいつも講演でお伝えしている「ピンチはチャンス、カギは工夫」そのものなんです。大事なのは、気合いで見えるようになることではなく、見えなくても進める道を見つけること。その道は、探せば必ず見つかります。
ここまでの道具を、どんな順番で使っているか。一本の記事ができるまでの流れを、簡単にお見せします。
まず、僕の頭の中に「これを伝えたい」というネタがあります。たとえば今日なら「ブログの書き方」。それを、音声入力で声に出して、思いつくまま言葉にしていく。順番もバラバラ、思い出したことから話します。
次に、その言葉をVoiceOverで聞き返しながら、足りないところを足したり、違うなと思ったところを言い直したり。声と耳を行ったり来たりします。
そして、整理のところでAIの手を借りて、読みやすいかたちにする。最後にもう一度、VoiceOverで全部読み上げてもらって、「これは僕の言葉になっているかな」を確認する。違和感があれば、また声で直す。こうして、一本の記事ができあがります。
目で見て書く人からすると、ずいぶん回り道に見えるかもしれません。でも僕にとっては、これがいちばん自然な書き方。遠回りに見える道が、僕にとっての最短ルートなんです。
僕がこの書き方を続けているのには、理由があります。それは、伝えたいことがあるからです。
視覚障害になって、仕事を失って、夜が来るのが怖かった時期がありました。そんな僕が、トライアスロンに出会い、支えてくれる人たちに繋がる輪の中で、もう一度立ち上がっていった。その過程で感じたこと、学んだことを、同じように悩んでいる誰かに届けたい。その気持ちが、僕に発信を続けさせています。
もし、見えにくくなって「自分にはもう無理だ」とあきらめかけている人がいたら、伝えたい。書く方法は、ひとつじゃない。声がある、耳がある、道具がある。あなたの言葉を世界に出す方法は、必ずある。
そしてもうひとつ。発信を続けていると、思いがけない出会いがあります。記事を読んだ誰かが、コメントをくれたり、講演に呼んでくれたり。僕が声に出した言葉が、画面を通って、どこかの誰かの心に届く。そして、その人とのつながりが生まれる。見えにくくなって、世界が狭くなったと思っていた僕が、発信を通して、むしろたくさんの人と繋がる輪を広げていけている。これは、本当に嬉しい誤算でした。書くことは、自分を表に出すことであると同時に、誰かと繋がる扉でもあるんです。
もちろん、毎週書き続けるのは、楽なことばかりではありません。ネタに困る日もあるし、うまく言葉にならない日もある。でも、声に出してみると、不思議と何かしら出てくる。完璧な文章を書こうとせず、まずは一段落、声にしてみる。僕がいつも大事にしている「1ミリの行動」は、ここでも同じです。たった一文でも声にすれば、それが次の一文を連れてくる。小さな一歩の積み重ねで、一本の記事ができていくんです。
見えなくても発信できる。カギは、やっぱり工夫。一歩踏み出せば、道具のほうから手を伸ばしてくれる。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今日お伝えしたかったのは、ひとつだけ。方法が見つからないのと、できないのは、違うということです。僕は目で書く方法を失いましたが、声で書く方法を見つけました。あなたにも、あなたに合った手段がきっとある。それはテクノロジーかもしれないし、誰かの手かもしれない。
このブログは、これからも僕の声と、耳と、道具たちと、繋がってくれる人たちの支えで、書き続けていきます。見えにくい僕の言葉が、画面の向こうのあなたに届いているなら、それが何よりの励みです。
最後に、もうひとつだけ。この書き方は、何も僕だけのものではありません。声で書くこと、耳で読むこと、道具の力を借りること。これらは、見えにくい人にも、字を書くのが苦手な人にも、いろんな事情を抱えた人にも、きっと役に立つはずです。完璧な方法を最初から持っている人なんて、いません。みんな、自分なりのやり方を、少しずつ見つけていく。僕の書き方が、あなたが自分のやり方を見つけるヒントになったら、こんなに嬉しいことはありません。
今日も、声に出して書きました。明日も、僕は誰かに何かを伝えるために、しゃべるように書き続けます。一緒に、一歩ずつ進んでいきましょう。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人