先代のデネブを見送った日、僕が言えたのは「ありがとう」という一言を、何度も何度も繰り返すことだけでした。
もしあなたが、大切な存在との「いつかの別れ」を、考えないようにして過ごしているなら——。
もしあなたが、限りある時間を、もっと丁寧に生きたいと思っているなら——。
もしあなたが、過去の別れの経験を、これからの力に変えたいと願っているなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に歩きながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続け、年間50回前後の講演で全国を回っています。27歳で緑内障がわかり、31歳で視覚障害者になり、それでも今も挑み続けている、46歳のおじさんです。
今日は、少し先のことを、お話しします。
今、僕の隣にいる盲導犬シュクレとも、いつか必ず、別れの日が来ます。
そのことを、僕は今から考えています。
それは、先代のデネブが、別れというものを教えてくれたからです。
今、シュクレと暮らして、4年ほどになります。
毎日、一緒に歩き、一緒に出かけ、一緒に講演の場に立っています。
シュクレは、もう、僕の生活に欠かせない相棒です。
朝起きてから夜眠るまで、僕のいちばん近くにいてくれるのは、シュクレです。それくらい、シュクレは僕の毎日に、深く溶け込んでくれています。
でも、僕は知っています。
盲導犬には、いつか必ず、引退の日が来るということを。
こんなに毎日そばにいてくれるのに、いつかこの子と離れる日が来るなんて、本当は信じたくありません。シュクレのいない朝なんて、今は想像もできない。それでも、その日は、確実に近づいてきています。目をそらしたくなる気持ちと、ちゃんと向き合いたい気持ち。その両方を抱えながら、僕はシュクレと暮らしています。
盲導犬がユーザーと一緒に働けるのは、数年という、限られた時間です。
シュクレも、いつかは年をとり、引退の日を迎えます。
その日が、いつか必ず来ることを、僕は、今から分かっているんです。
どんなに元気に歩いてくれていても、時間だけは、止められません。だからこそ、今この一日を、僕はていねいに重ねていきたいと思っています。一緒にいられる毎日は、決して当たり前ではないのですから。
つらい未来は、つい、見ないふりをしたくなります。
でも僕は、シュクレとの別れを、今からちゃんと見つめておきたい。
なぜなら、その覚悟こそが、今日を大切にする力になるからです。
誤解しないでほしいのですが、これは、暗い気持ちで書いているのではありません。
むしろ、前を向くために、別れと向き合っているんです。
別れを思うのは、今を愛するための、もう一つのやり方なのだと、僕は信じています。
シュクレと過ごす毎日は、本当に幸せです。朝起きて、シュクレの気配を感じる。一緒に外に出て、街を歩く。出張先の新幹線にも、講演の会場にも、シュクレはいつも一緒です。この何でもない日常が、ずっと続いてほしい。心から、そう願っています。だからこそ、いつか終わりが来ると分かっているこの時間を、僕は一日も無駄にしたくないんです。別れを思うのは、つらいことのようでいて、実は、今いっしょにいられる幸せを、いちばん強く感じさせてくれることでもあります。
なぜ、僕が今からシュクレとの別れを考えられるのか。
それは、先代の盲導犬・デネブとの別れを、すでに経験しているからです。
デネブは、僕の最初の相棒でした。
デネブが引退する日、僕は、長年連れ添った相棒を見送りました。
その日、僕に言えたのは、「ありがとう」という一言を、繰り返すことだけでした。
別れと出会いが同じ日に重なった、あの一日。嬉しさと、さみしさと、感謝と。いろいろな気持ちが入りまじって、僕の胸はいっぱいでした。あの日のことは、これからもずっと、僕の心の真ん中に残り続けると思います。
デネブとの別れは、さみしかった。
でも、その経験が、僕に大切なことを教えてくれました。
デネブを見送って、僕は学びました。
相棒との時間には、限りがある。
だからこそ、一日一日が、かけがえのないものなんだ、ということを。
もし、デネブとの別れを経験していなかったら——。
僕はきっと、シュクレと過ごす日々を、当たり前だと思っていたかもしれません。
デネブが、別れの意味を教えてくれたから、僕は今、シュクレとの時間を、より大切に感じられるんです。
先に旅立った相棒の教えが、今の相棒との毎日を、より深いものにしてくれている。そう思うと、別れも無駄ではなかったのだと、胸が少し温かくなります。
「いつか別れが来る」と考えると、こわくなる人もいるかもしれません。
たしかに、別れを思うのは、胸が痛みます。
でも、僕は、こう思うようになりました。
別れを知ることは、こわいことじゃない。
むしろ、今を大切にするための、入り口なんだと。
終わりがあると知っているから、今日が特別になる。
限りがあると分かっているから、いとおしくなる。
もし、別れが永遠に来ないなら、人はきっと、今日のありがたさに気づけません。
これは、僕がトライアスロンやIRONMANを通して学んだことにも、どこか通じています。長いレースの中で、ゴールがあると分かっているからこそ、一歩一歩を大切に進める。終わりがあるから、その過程が輝く。盲導犬との時間も、同じなのだと思います。いつかゴール、つまり引退の日が来る。それを知っているからこそ、今日という一歩が、かけがえのないものになる。終わりを思うことは、決して後ろ向きなことではなく、今を全力で生きるための、前向きな覚悟なんです。
いつか手放すと知っているからこそ、今、握っている手の温かさが分かる。
別れの予感は、悲しみであると同時に、今を輝かせてくれる光でもあるんです。
デネブとの別れを通して、僕は、別れをこわがるのではなく、別れがあるからこそ今を大切にする、という生き方を選べるようになりました。
こわさに飲み込まれるのではなく、こわさを、今を生きる力に変える。それが、デネブが残してくれた知恵だと思っています。
では、別れを知る僕が、今、何をしているか。
それは、とてもシンプルです。
シュクレと一緒にいられる、今この瞬間を、丁寧に過ごす。
ただ、それだけです。
朝、シュクレにハーネスを着けて、一緒に外に出る。
街を、二人で歩く。
講演の場で、足元で眠るシュクレの寝息を聞く。
一日の終わりに、ハーネスを外して、へそ天になったシュクレをなでる。
その一つひとつを、当たり前だと思わずに、味わうようにしています。
未来の別れを思うのは、今日を大切にするため。
別れを知るからこそ、今日が、こんなにも愛おしい。
もちろん、毎日が特別なイベントというわけではありません。
何でもない、ふつうの一日のほうが、ずっと多い。
でも、その何でもない一日こそが、いつか振り返ったときに、宝物になる。
デネブとの日々が、今、僕にとってそうであるように。
特別なことをしようと、気負う必要はないんです。一緒に朝の道を歩く。同じ部屋で、それぞれの時間を過ごす。出張に連れていって、見知らぬ街を二人で歩く。そんな、何でもない積み重ねこそが、相棒との絆を、少しずつ深くしていきます。そして、その一日一日が、いつか別れの日を迎えたとき、僕を支えてくれる思い出になる。だから僕は、今日も、シュクレとのふつうの一日を、ていねいに過ごします。派手ではないけれど、確かに幸せな時間。それを、一日も取りこぼさないように。
誤解されがちなのですが、盲導犬の引退は、不幸なことでも、悲しいだけのことでもありません。
引退は、その犬が、長い間、立派に役割を果たしきった証です。
一生懸命に働いてくれた相棒が、おだやかな次の暮らしへと進んでいく。
それは、祝福すべき卒業でもあるんです。
たくさん歩いて、たくさん支えてくれた。
その役目を終えて、ゆっくり休む時間に入る。
引退を「終わり」ととらえるのではなく、「よくがんばったね」と送り出せる自分でいたい。
それも、デネブが教えてくれたことです。
だから僕は、いつか来るシュクレの引退も、ただ悲しむのではなく、「ありがとう、よくがんばったね」と、笑顔で送り出せる自分でいたい。
そのために、今日という日を、悔いなく、一緒に過ごしていきたいんです。
笑顔で送り出すためには、毎日を笑顔で積み重ねるしかない。だから今日も、シュクレと丁寧に過ごします。
僕の合言葉の一つに、「人生現役」という言葉があります。
現役でいるというのは、ただ前に進み続けることだけではありません。
今、そばにいてくれる存在に、ちゃんと感謝しながら生きること。
それも、現役の生き方だと思っています。
シュクレと一緒に歩ける、この今日に、感謝する。
当たり前に思える毎日が、実は、当たり前ではないと気づく。
それが、デネブとの別れが僕に残してくれた、一番の宝物です。
感謝というのは、頭で「ありがたい」と思うだけでは、なかなか身につきません。僕の場合は、デネブとの別れという、つらい経験を通して、ようやく心の底から「当たり前なんてないんだ」と思えるようになりました。だから、シュクレと過ごす今、僕はできるだけ、その一瞬一瞬に「ありがとう」を感じていたいんです。一緒に歩けること。足元で眠ってくれること。ハーネスを外したあと、甘えてすり寄ってくれること。その全部が、当たり前ではなく、奇跡のような毎日なのだと、デネブが教えてくれました。先に旅立った相棒のおかげで、僕は今の相棒を、より深く愛することができている。そう思うと、別れもまた、愛の続きなのかもしれないと感じます。
別れを知る者は、今日を、いちばん大切にできる。
それは、悲しみではなく、感謝の生き方です。
いつか、シュクレを見送る日が来ても、僕はきっと、「ありがとう」と言えると思います。
デネブのときと同じように、何度も、何度も、心を込めて。
そして、その日まで、一日一日を、大切に積み重ねていきます。
もしあなたの隣に、大切な存在がいるなら——。
いつかの別れをこわがって、見ないふりをしなくていいんです。
別れがあると知ることは、今を大切にするための、入り口です。
終わりがあるからこそ、今日が、かけがえのないものになる。
それは、盲導犬に限った話ではありません。
あなたの大切な人や、大切な存在と過ごす、今日という一日を、どうか、丁寧に味わってください。
いつか、振り返ったときに、その一日が、あなたを支える宝物になっていますから。
別れを知ることは、つらいことです。でも、別れを知っているからこそ、僕たちは、今を本気で生きられます。デネブが僕に教えてくれたのは、悲しみの記憶ではなく、今を大切に生きる、という前向きな生き方でした。その教えがあるから、僕は、シュクレとの毎日を、心から愛おしむことができています。いつかシュクレを見送る日が来ても、僕はきっと、笑顔で「ありがとう」と言える。そう思えるくらい、今を大切に積み重ねていきたい。これは、悲しい話ではなく、感謝の話なんです。今そばにいてくれる存在への、ありったけの「ありがとう」を込めて、僕は今日も、相棒と歩きます。
別れを知るからこそ、今を大切にできる。
今日、隣にいてくれる存在に、「ありがとう」と伝えてください。
それが、デネブが僕に、そして僕があなたに、伝えたいことです。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人