図面が読める——できなくなる。細かい字が読める——できなくなる。頭の中のリストから、項目が一つ、また一つと消えていく。31歳の僕は、夜になるのが怖かった。
もしあなたが、できていたことが一つ、また一つとできなくなる毎日に、怖さを感じているなら——。
もしあなたが、「できない」が増えるたびに、自分が小さくなっていく気がするなら——。
もしあなたが、変えられない現実を前に、どう心を立て直せばいいか分からないなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦と、年間50回前後の講演を続けています。
今日は、視力が落ちていく中で、僕の頭の中の「できることリスト」が、どう変わっていったかの話をします。
「できない」が一つ、また一つと増えていく引き算の恐怖。そこから、「どうやったらできるか」を考える足し算へ。この頭の切り替えは、僕にとって、人生で一番大事な転換でした。視力の話としてだけでなく、「できないことが増えていく」あらゆる場面に効く考え方だと思っています。だから、目のこととは関係なくても、ぜひ読んでみてください。
視力が落ちていく中で、いちばん怖かったこと。
それは、「昨日できたことが、今日できない」という現実でした。
僕はもともと、電気工事の現場で、図面を見る仕事をしていました。
緑内障が進むにつれて、その図面の細かい字が、だんだん見えなくなっていきました。1回で済んでいた確認が、2回、3回に増える。「早くしなきゃ」と思うほど、手が止まる。
悔しくて、情けなくて、誰にも言えませんでした。できないことが一つ増えるたびに、自分の価値が一つ削られていくような、そんな感覚すらありました。
そして、何より怖かったのは、夜です。眠って、朝起きたら、また何か一つできなくなっているんじゃないか——。31歳の頃、僕は夜になるのが、本当に怖かったんです。
あの頃の僕の頭の中には、見えない「できることリスト」がありました。
そして、そのリストが、毎日のように引き算されていくんです。
図面が読める——できなくなる。
細かい字が読める——できなくなる。
一人で迷わず歩ける——できなくなる。
項目が、一つ、また一つと、消えていく。
リストが減るたびに、自分という人間そのものが、小さくなっていくような気がしました。「このまま引き算が続いたら、最後には何も残らないんじゃないか」。そう思うと、足元が崩れていくようでした。明日は、どの項目が消えるんだろう。そんなふうに、未来を怖がるクセまでついていきました。
引き算しか起きない人生。
当時の僕には、世界がそんなふうに見えていました。
その頃、僕がいちばん怖かったのは、夜でした。
眠って、朝起きたら、また何か一つできなくなっているんじゃないか。
あるいは、目が覚めたら、もっと見えなくなっているんじゃないか——。布団に入って、暗い天井を見上げていると、そんな想像ばかりが膨らんでいきました。
不安というのは、止まらないんです。
静かな部屋で一人になると、頭の中が、悪い想像で埋まっていく。「この先、どうなるんだろう」「最後には、何が残るんだろう」。考えても答えなんて出ないのに、考えるのをやめられない。眠るのが怖くて、でも起きているのも苦しい。そんな夜を、何度も過ごしました。
引き算のリストは、昼間だけじゃなく、夜の僕の心まで、削っていきました。
「できないことが増えていく」という現実は、見えるものを奪うだけでなく、心の余白まで、少しずつ奪っていくものなんです。
転機は、トライアスロンを始めたことでした。
テレビで見た全盲の女の子に背中を押されて、僕は競技を始めました。でも、最初は25メートルも泳げない。1キロで膝が痛い。やり方も分からない。ここでもまた、目の前にあるのは「できない」の山でした。
普通に考えれば、また引き算のリストが増えるだけのはずでした。
「泳げない」「走れない」——できないことを数えていたら、競技なんて、続けられるわけがありません。
でも、不思議なことが起きました。
全盲の女の子が、現に泳いで、自転車に乗って、走っている。その姿が、頭から離れなかったんです。彼女は「できない」で止まっていない。だとしたら、僕も止まらなくていいんじゃないか。そう考えるうちに、僕の頭の中に、これまでとはまったく違う問いが生まれてきました。
これまでの僕は、いつも「これは、できる? できない?」と自分に問うていました。だから、視力が落ちるたびに「できない」が増えて、苦しくなる。
でも、ある日から、問いをこう変えてみたんです。「これは、どうやったらできるか?」と。
この問いの切り替えが、僕の人生を、引き算から足し算へとひっくり返しました。
「できるか、できないか」で見ると、答えは「できない」で終わってしまう。
でも「どうやったらできるか」で見ると、その先に、工夫の余地が見えてくるんです。
この「どうやったらできるか」という問いは、今では僕の生き方そのものになりました。講演でも、最後に必ずこの話をします。
たとえば、スイム。
「目が見えないから、まっすぐ泳げない」——これは「できない」です。
でも、「どうやったら泳げるか」と問えば、答えが出てきます。ガイドと体を伴走ロープでつないで、合図をもらいながら泳ぐ。そうすれば、泳げる。一人では泳げなくても、工夫すれば、できるんです。
たとえば、バイク。
「目が見えないから、自転車に乗れない」——これも「できない」です。
でも、「どうやったら走れるか」と問えば、タンデム自転車(二人乗り)という答えがある。前にガイドが乗って、後ろで僕が漕ぐ。役割を分ければ、180kmだって走れます。
「できる/できない」で止まっていたら、僕はIRONMANを完走することなんて、絶対にできませんでした。
「どうやったらできるか」に問いを変えたから、226kmの先のゴールまで、たどり着けたんです。
そして、ここがいちばん大事なところです。
「どうやったらできるか」と問うと、答えは必ず、具体的な工夫になります。「気合いで乗り切る」ではなく、「ロープを使う」「タンデムにする」「合図を決めておく」。だから、再現できるんです。気合いは続きませんが、一度見つけた工夫は、次もその次も、ちゃんと使えます。これが、僕の合言葉「気合いより段取り」の正体です。できない壁にぶつかったとき、根性で押し切ろうとするんじゃなく、「どんな段取りなら越えられるか」を考える。それだけで、越えられる壁が、ぐっと増えるんです。
問いを変えると、面白いことが起きました。
減る一方だった「できることリスト」に、今度は工夫が、一つ、また一つと足されていったんです。
一人で迷わず歩けなくなった——でも、盲導犬のシュクレと一緒なら、もっと安心して歩ける。
スポーツを一人ではできない——でも、ガイドという仲間と組めば、世界の舞台にも立てる。
細かい字が読めない——でも、音声の力を借りれば、情報は受け取れる。
一度で覚えきれない——でも、段取りを先に決めておけば、慌てずにこなせる。
盲導犬、ガイド、音声、段取り。
これは全部、「できない」を「できる形に変えた」工夫です。
リストから消えたはずの項目が、形を変えて、リストに戻ってくる。引き算で減ったところに、工夫が足し算されていく。
「できない」は、終わりじゃない。「どうやったらできるか」と問い直せば、それは「工夫すればできる」に変わる。
面白いのは、工夫を一つ見つけると、その工夫が、また次の工夫を呼んでくることです。
盲導犬と歩けるようになると、行ける場所が増える。行ける場所が増えると、「じゃあ、あそこにも行ってみよう」と、新しい挑戦が生まれる。引き算で止まっていた人生が、足し算を覚えたとたん、どんどん広がりはじめたんです。
僕の合言葉に「ピンチはチャンス、カギは工夫」「気合いより段取り」というのがあります。
できないことが増えていくのは、たしかにピンチです。でも、そのたびに「どうやったらできるか」と工夫を足していけば、ピンチは、新しいやり方に出会うチャンスに変わる。そして、その工夫を生み出すのは、気合いや根性ではなく、落ち着いた段取りなんです。「早くしなきゃ」と焦るほど手が止まったあの頃の僕に、いちばん教えてあげたいことです。
今、はっきり分かったことがあります。
「できることリスト」は、視力が落ちても、ただ減っていくわけではありませんでした。
減ったように見えて、実は、形を変えていたんです。
「自分の目で図面を読む」はできなくなったけれど、「音声と段取りで仕事を組み立てる」が増えた。
「一人でどこへでも行く」はできなくなったけれど、「シュクレと、ガイドと、仲間と一緒に行く」が増えた。
引き算だけ見れば、人生は寂しくなる一方です。
でも、足し算も一緒に見れば、リストはむしろ、豊かになっていました。一人でやっていた頃には知らなかった、仲間と一緒にできることの喜びを、僕はたくさん手に入れたんです。
46歳の今、僕はIRONMANに挑み続け、盲導犬シュクレと暮らし、年間50回前後の講演をしています。
目が見えていた頃の「できることリスト」とは、中身がまるで違います。でも、今のリストのほうが、ずっと充実している。これは、僕の正直な実感です。
もし今、あなたが、できていたことが一つ、また一つとできなくなる毎日に、怖さを感じているなら。
あるいは、「できない」が増えるたびに、自分が小さくなっていく気がしているなら。
どうか、一度だけ、問いを変えてみてください。
「これは、できる? できない?」ではなく、「これは、どうやったらできるか?」と。
たった一言、心の中の問いを入れ替えるだけです。お金も、特別な道具も、いりません。今日から、誰でも、ただちに始められます。
たったそれだけで、見える景色が変わります。
「できない」で止まっていたところに、工夫の余地が見えてくる。盲導犬、ガイド、音声、段取り——道具や、人の手や、やり方を借りれば、「できない」の多くは「こうすればできる」に変わります。
あなたの「できることリスト」も、ただ減っていくわけじゃありません。
問いを変えれば、引き算の横に、工夫の足し算が始まります。リストは、減るんじゃなく、形を変えていく。それを、僕は自分の人生で確かめてきました。
大事なのは、一人で全部抱え込まないことです。
盲導犬も、ガイドも、音声も、人の手も、使えるものは、どんどん使っていい。「自分の力だけでやらなきゃ」と思うと、リストは減る一方です。でも、「どうやったらできるか」を、まわりの力も含めて考えれば、できることは、いくらでも形を変えて戻ってきます。頼ることは、負けじゃありません。それも立派な工夫です。
そして、夜が怖かったら、無理に一人で抱えなくていいんです。
あの頃の僕も、暗い部屋で不安に飲み込まれそうになっていました。でも、「どうやったらできるか」という問いを一つ持っておくだけで、不安に向き合う角度が変わります。怖さがゼロになるわけじゃない。でも、怖さを抱えたまま、それでも一日を前に進められるようになる。それで、十分なんです。
できる/できないじゃなく、どうやったらできるか。問いを変えた日から、僕のリストは、引き算ではなく工夫の足し算になった。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人