2024年は13時間14分17秒、翌2025年は15時間08分45秒。同じ226kmでも、その年その年で数字は変わります。でも僕は、この数字たちを「良かった・悪かった」では見ていません。背中で静かに迫ってくる制限時間を、敵ではなく味方にする——その考え方の話です。
もしあなたが、締め切りや時間に追われると、頭が真っ白になってしまうタイプなら——。
もしあなたが、「制限時間」というプレッシャーと、どう向き合えばいいのか悩んでいるなら——。
もしあなたが、見えない世界で時間と戦うアスリートが、何を考えているのか知りたいなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。盲導犬シュクレと一緒に暮らしながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続けています。年間50回前後、学校や企業で講演にも立たせてもらっています。
今日は、IRONMANというレースにある「制限時間」の話をします。IRONMANには関門があります。決められた時間までにその地点を通過できなければ、そこでレースは終わり。いわば、姿の見えないライバルです。でも僕は、この見えないライバルを、敵ではなく味方にする考え方にたどり着きました。時間に追われて苦しむのか、時間を味方につけて進むのか。その分かれ目は、ほんの少しの見方の違いにあります。キーワードは、「タイムは敵じゃなく、設計図」です。
IRONMANは、スイム3.8km、バイク180km、ラン42.2km、合わせて226kmを走り抜くレースです。そして、ただ完走すればいいわけではありません。関門、つまり制限時間があります。
スイムは何時まで、バイクは何時まで、ゴールは何時まで。決められた時間までにその地点を通過できなければ、そこで競技は終わってしまう。どんなに頑張っていても、時間に間に合わなければ、先へは進めません。
はじめてこの関門の仕組みを知ったとき、僕は正直、こわいと思いました。ただ完走を目指すだけでも大変なのに、その上、時間とも戦わないといけない。見えない上に、時間にも追われる。二重のハンデを背負っているような気がして、「自分にできるんだろうか」と不安になったのを覚えています。でも、何度もレースを重ねるうちに、この関門との付き合い方が、少しずつ分かってきました。関門は、こわがる相手ではなく、付き合い方を覚える相手だったんです。
この関門は、目の前に立ちはだかる相手のようでありながら、姿は見えません。触れることも、声をかけることもできない。それでいて、確実にこちらへ近づいてくる。人と競っているわけではないのに、ずっと背中で時間に追われている。だから僕は、関門のことを「見えないライバル」と呼んでいます。見えない僕にとっては、二重の意味で見えない相手です。
関門があるからこそ、IRONMANは「ただ進めばいい」レースではなくなります。のんびり休んでいたら、関門に間に合わない。かといって、飛ばしすぎたら、最後まで体が持たない。速すぎても遅すぎてもいけない。限られた時間の中で、自分の体をどう配分するかが問われる。それが、このレースの一番難しくて、一番面白いところでもあります。
IRONMANで本当に戦う相手は、隣を走る誰かじゃない。背中で静かに迫ってくる、制限時間だ。
2024年、僕はIRONMANを13時間14分17秒で走り切ることができました。PCクラスで3位。視覚障害B2の僕が、ガイドの河原さんと二人で、226kmを最後までつないだレースです。
このとき、関門という見えないライバルと、最後まで向き合い続けました。スイムでロープでつながり、バイクはタンデムで二人乗り、ランはロープで横並び。支えられて、繋がる輪の中で、一つひとつの関門を越えていった。
13時間14分という時間は、ただの数字ではありません。その一秒一秒に、河原さんとの呼吸があり、補給の段取りがあり、苦しい場面での踏ん張りがありました。関門に間に合わせるために、どこでペースを保ち、どこで力を使うか。その判断を、二人で重ね続けた結果が、あの時間です。タイムの裏には、必ず、向き合い続けた時間がある。だから僕は、自分のタイムを、誇りを持って受け止めています。
翌2025年は、15時間08分45秒でした。タイムだけ見れば、前の年より時間がかかっています。でも僕は、この二つの数字を「良かった・悪かった」では見ていません。どちらも、見えないライバルと最後まで向き合い続けた、大切な記録です。数字は、良し悪しの結果ではなく、次に活かすための情報だと思っています。
同じ226kmでも、その年その年で条件は違います。体の状態、天気、コース。だから僕は、去年のタイムと今年のタイムを並べて、一喜一憂はしません。大事なのは、その一日、見えないライバルと最後まで向き合えたかどうか。時間に追われて崩れたか、時間を設計して走り切れたか。タイムという数字の裏にある、その向き合い方のほうを、僕は大切にしています。
制限時間を「怖い敵」だと思うと、ずっと追われている気がして、心がすり減ります。でも、見方を変えると、まったく違うものになる。僕にとってタイムは、敵ではなく「設計図」です。
関門の時間が決まっているということは、「ここまでに、ここを通過すればいい」という地図が、最初から渡されているということ。敵に追われているのではなく、進むべきペースを教えてくれる案内をもらっている。そう考えると、制限時間は急に頼もしい味方に変わります。
ゴールの時間から逆算して、ランはこのくらい、バイクはこのくらい、スイムはこのくらい。一日全体を、時間という設計図の上に置いていく。追われるのではなく、設計する。同じ制限時間でも、向き合い方ひとつで、味方にも敵にもなります。
この「設計図」という見方を手に入れてから、僕のレースは大きく変わりました。以前は、関門のことを考えると、ただただ怖かった。「間に合わなかったらどうしよう」という不安に、心を持っていかれていました。でも、設計図だと思えるようになってからは、関門が「目印」に見えるようになった。怖い壁が、進む道のチェックポイントに変わった。同じものを見ているのに、感じ方がまるで違う。これは、見え方を変えるだけで、世界が変わるという、僕にとって大きな発見でした。
制限時間は、あなたを追い詰めるためにあるのではなく、進むペースを教えてくれる案内です。「間に合わないかも」と怯えるのではなく、「ここまでにここを通ればいい」と読み替える。同じ数字が、怖い敵から、頼れる設計図に変わります。
僕は、レースの景色も、自分の腕時計も、すぐには見られません。だからこそ、時間の感覚は頭の中で組み立てておく必要があります。
レースが始まる前に、設計図を頭に入れておく。ゴールの時間から逆算して、それぞれの区間をどのくらいのペースで進めばいいか。どこで補給を入れるか。どこが苦しくなりそうか。見えない分、事前の組み立てが、僕の「見えている景色」になります。
晴れている選手は、目の前の景色や標識を見て、現在地を確かめられます。でも僕は、その景色が見えない。だから、レースが始まる前に、コース全体を頭の中に描いておく。頭の中の地図を、目の代わりにする。見える景色がないなら、見えない景色を頭の中に持てばいい。事前の準備が、そのまま本番の「視界」になる。これも、工夫の一つです。
そして本番では、その設計図を、ガイドと二人で確かめながら進みます。僕が時計を見られない代わりに、ガイドが時間の流れを教えてくれる。一人で時間と戦うのではなく、二人で設計図を読みながら、見えないライバルと向き合う。これが、見えない僕の時間との付き合い方です。
面白いもので、設計図を頭に入れておくと、苦しい場面でも心が折れにくくなります。「この苦しさは、設計図のこのあたり。あと少し行けば楽になる」と分かるからです。先が見えない苦しさは、人を不安にします。でも、設計図があれば、苦しさにも「終わりの位置」が見える。見えない景色の中でも、頭の中の地図が、僕に現在地を教えてくれる。これも、見えないからこそ磨いてきた力かもしれません。
見えないなら、見える人と二人で時間を読めばいい。設計図は、一人で抱えなくていい。
僕には、追いかけ続けている設計図があります。IRONMANを11時間を切るタイム、サブ11で走り抜くこと。ギネス記録への挑戦です。
今の僕のタイムから見れば、まだ遠い設計図です。でも、遠いからこそ、毎日の段取りに意味が生まれる。朝の練習も、補給の工夫も、ガイドとの合図も、全部この設計図の上に積み重ねている。いつか必ず。その気持ちで、挑み続けています。
サブ11は、誰かと競うための数字ではありません。過去の自分より一歩先へ、もっと丁寧に設計図を描けるようになるための、自分への約束のような数字です。制限時間という見えないライバルと向き合い続けてきたからこそ、時間を味方にする力が、少しずつ育ってきている。そう信じています。
正直に言えば、サブ11は、今の僕にとって、とても高い壁です。でも、高い壁だからこそ、毎日の小さな積み重ねに意味が生まれます。もしすぐ届くものなら、これほど工夫を重ねる必要もない。遠いからこそ、補給の段取りも、ガイドとの合図も、設計図の精度も、一つひとつを磨く理由になる。遠い目標は、今日を本気にしてくれる。サブ11という設計図があるから、僕の今日の1ミリは、ただの練習ではなく、未来へつながる一段になります。いつか必ず。その言葉を、僕は焦らずに、でも手放さずに、持ち続けています。
あなたの毎日にも、見えないライバルがいるかもしれません。仕事の締め切り、提出期限、人生のなかで「この歳までに」と感じている時間。それらに追われて、息苦しくなることはありませんか。時間というのは、誰にとっても、姿の見えない相手です。だからこそ、向き合い方を知っておくと、毎日がずいぶん楽になります。
そんなときは、思い出してほしいんです。タイムは敵じゃなく、設計図。締め切りは、あなたを追い詰めるためにあるのではなく、「ここまでに、何をすればいいか」を教えてくれる案内でもある。
ゴールの日から逆算して、今日やる1ミリを決める。追われる感覚を、設計する感覚に置き換える。それだけで、同じ時間がずっと優しくなります。そして、一人で抱えなくていい。僕がガイドと設計図を読むように、あなたも、誰かと一緒に時間を読んでいい。
もう一つ、どうしても伝えたいことがあります。設計図どおりにいかない日も、必ずあります。予定より遅れたり、思わぬことが起きたり、体が言うことをきかなかったり。でも、それで自分を責めなくていいんです。設計図は、自分を縛る鎖ではなく、迷ったときに戻ってこられる地図。ずれたら、その場でまた引き直せばいい。計画どおりにいくことより、いつでも引き直せることのほうが、ずっと大事。時間に追われて崩れるのではなく、時間と一緒に、しなやかに進んでいく。それが、見えないライバルを味方にするということだと、僕は思っています。
同じ制限時間でも、「追われる敵」と見れば、心はすり減ります。「進む道の目印」と見れば、心は落ち着きます。見ているものは同じなのに、向き合い方ひとつで、世界の色が変わる。時間に追われるのではなく、時間を設計する側に回る。それは、人生のどんな場面でも使える、心の持ち方だと思います。
ピンチはチャンス、カギは工夫。見えないライバルを敵のままにするか、設計図という味方に変えるかは、あなたの向き合い方しだいです。今日も、繋がる輪の中で、一緒に1ミリ進みましょう。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人