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📅 2026.07.30 | RYU NAKAZAWA
📖 物語・哲学

先代盲導犬デネブと歩いた日々|引退の日に伝えたかったこと

⏱ 約8分で読めます(5,361字)

競技の表彰台の上で、僕の隣にちょこんと座っていたデネブ。シャイなくせに、あの日はちゃんと、僕の晴れ舞台に付き合ってくれました。約8年、人生を立て直そうともがいた日々を、まるごと一緒に歩いてくれた最初の相棒の話です。

もしあなたが、いつか必ず来る大切な存在との別れを、考えるだけで胸が苦しくなるなら——。

もしあなたが、長いあいだ寄り添ってくれた誰かに、ちゃんと「ありがとう」を伝えられているか、ふと不安になることがあるなら——。

もしあなたが、終わりがある関係だからこそ、今この時間を大切にしたいと願っているなら——。

この記事は、あなたのためのものです。

こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。今は2頭目の盲導犬シュクレと一緒に歩きながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続け、年間50回前後の講演で全国を回っています。一人では歩けない僕にとって、盲導犬やガイドは、人生をまるごと支えてくれる存在です。

今日は、その2頭目シュクレの前にいた、僕の最初の相棒・デネブの物語を、出会いから引退、そして今のことまで、まるごとお伝えします。盲導犬には、必ず引退と別れがあります。でも僕は、別れを経験した今だからこそ、思うんです。別れは終わりじゃない、感謝に変わる——。うまく書けるか分かりませんが、デネブへの「ありがとう」を込めて、手紙のように綴ってみます。

📖 この記事の目次
  1. デネブと出会ったのは、人生をやり直していた大学時代でした
  2. 表彰台に、デネブも一緒に乗ってくれた日
  3. シャイで、食いしん坊で、変な顔をする子でした
  4. 約8年。デネブはずっと、僕の隣にいてくれました
  5. 引退の日は、新しい相棒と出会う日でもありました
  6. 今、デネブは14歳。今も会いに行けるんです
  7. 盲導犬の引退と別れについて、伝えたいこと

デネブと出会ったのは、人生をやり直していた大学時代でした

デネブと初めて会ったのは、僕が大学に通っていた頃でした。

「大学」と聞くと、十代の話だと思われるかもしれません。でも僕の場合は違います。視覚障害者になってから、人生をやり直すために学び直した大学でした。見える世界が少しずつ閉じていって、それまでの仕事を続けられなくなって、先が真っ暗になった時期。そこから立ち上がるために飛び込んだのが、その学びの場でした。

そんな、決して余裕のあったとは言えない時期に、僕は盲導犬の訓練センターでデネブを迎えました。デネブは、おとなしくて、本当に可愛い子でした。初めて会ったときの、あの静かでやわらかい雰囲気を、今でもよく覚えています。

だから僕にとってデネブは、ただの「最初の盲導犬」ではありません。人生を立て直そうともがいていた、あの大学時代をまるごと一緒に過ごした相棒でした。授業に向かう朝も、勉強に追われる日々も、うまくいかなくて落ち込んだ夜も、デネブはずっと僕の隣にいてくれました。

🔑 ピンチの時に、相棒が来てくれた

僕の哲学は「ピンチはチャンス」です。でも、ピンチを一人きりで抱えていたら、きっと潰れていました。人生で一番不安だった時期に、隣にいてくれる相棒がいた——それだけで、僕は前を向けたんです。デネブとの出会いそのものが、僕にとっての小さなチャンスでした。

新しい環境で、新しい歩き方を覚えて、新しい自分になろうとしていた頃。デネブと一歩ずつ歩いた道が、そのまま、立ち直っていく僕の道になっていきました。


表彰台に、デネブも一緒に乗ってくれた日

デネブとの思い出は数えきれませんが、どうしても一番に書きたいのは、競技の表彰台に、デネブと一緒に乗った日のことです。

トライアスロンを始めて、ガイドの仲間に支えられて、僕は少しずつ競技の世界で前へ進めるようになりました。そしてある大会で、表彰台に上がれることになったんです。その晴れ舞台に、僕はデネブも一緒に連れて上がりました。

表彰台の上で、デネブが僕の隣にいる。あの瞬間の誇らしさは、言葉になりません。これは僕一人の結果じゃない。支えてくれたガイドや仲間、そして毎日を一緒に歩いてくれたデネブと、繋がる輪の中でたどり着いた場所なんだ——そう、心の底から思いました。

🔑 晴れ舞台は、いつも誰かと一緒だった

僕は「一人で成し遂げた」とは絶対に言いません。一人では歩けないからこそ、盲導犬がいて、ガイドがいて、仲間がいる。表彰台にデネブが一緒にいてくれたあの景色こそ、僕の生き方そのものだと思っています。喜びは、分け合う相手がいるから何倍にもなる。

派手なガッツポーズの記憶よりも、僕の中に残っているのは、隣でちょこんと座っているデネブの姿です。シャイなくせに、あの日はちゃんと、僕の晴れ舞台に付き合ってくれました。デネブ、あの日のこと、覚えてるかな。


シャイで、食いしん坊で、変な顔をする子でした

仕事中のデネブは、賢くて頼もしい相棒でした。でも、ハーネスを外したオフのデネブは、もう、笑ってしまうくらい愛嬌のある子だったんです。今日はその素顔も、ちゃんと書き残しておきたいと思います。

まず、デネブはとびきりのシャイでした。どのくらいシャイかというと、僕がデネブの目を見ると、必ずスッと視線を逸らすんです。「こっち見てよ」と思ってのぞき込むと、ふいっと目をそらす。その照れ屋なところが、たまらなく可愛かったです。

そして、デネブは大の食いしん坊でした。これはもう、筋金入りです。夕ご飯の1時間前になると、視線がすごい。「まだ?」「もう時間じゃない?」と言わんばかりの、強烈な圧のこもった目で、じーっと僕を見てくるんです。

🔑 「ピー、ピー、ピー」の催促

現役後半、8歳9歳の頃になると、その食いしん坊ぶりはさらにパワーアップしました。ご飯の前になると、鼻を鳴らして「ピー、ピー、ピー」と催促するんです。これがもう、ひどいくらいで(笑)。あの鼻の音を聞くと、「はいはい、今あげるよ」と、こっちが笑ってしまう。今でも耳の奥に、あの「ピー、ピー、ピー」が残っています。

それから、デネブはケージの中でよく変な顔をしている子でした。なんとも言えない、ゆるーい、間の抜けた顔。仕事中のきりっとした表情とのギャップがすごくて、その顔を見るたびに、僕は肩の力が抜けました。

シャイで、食いしん坊で、変な顔をする。盲導犬というと「立派にお仕事をする偉い犬」というイメージが先に立ちますが、デネブにもちゃんと、こんなにチャーミングな素顔がありました。仕事の時は誇りを持って働き、オフの時は思いきり甘えん坊になる。そのオンとオフの切り替えごと、僕はデネブのことが大好きでした。


約8年。デネブはずっと、僕の隣にいてくれました

大学時代に迎えてから、デネブは約8年間、ずっと僕の隣にいてくれました。

8年というのは、長いようで、過ぎてみればあっという間です。その間に、僕の人生はずいぶん動きました。学びを終え、競技の世界で挑戦を重ね、講演という新しい道も歩き始めました。視力はゆっくりと変わっていきましたが、それでも僕が前を向いて歩き続けられたのは、隣にデネブがいてくれたからです。

盲導犬と暮らすということは、毎日、信頼を積み重ねることです。僕がデネブを信じて身をあずけ、デネブも僕を信じてついてきてくれる。その一本の信頼の道を、僕たちは8年かけて、二人で作ってきました。

朝、ハーネスを着けると、デネブの空気がきりっと変わって「さあ、行こう」となる。夕方、ハーネスを外すと、ご飯を待つ食いしん坊の顔に戻る。その繰り返しが、僕の8年間の毎日でした。当たり前のように続くと思っていた、かけがえのない日常でした。

当たり前に続くと思っていた毎日こそ、本当は奇跡みたいな時間だった。デネブが、それを教えてくれました。

引退の日は、新しい相棒と出会う日でもありました

盲導犬には、いつか必ず引退の日が来ます。犬にも年齢があり、体力があり、いつまでも現役で歩き続けられるわけではありません。頭では、迎えた日からずっと分かっていました。それでも、その日が近づくと、やっぱり胸が締めつけられました。

そして、デネブの引退の日。その日は同時に、僕の2頭目の盲導犬・シュクレと、初めて会う日でもありました。

そう、僕にとってあの日は、別れと出会いが、同じ日にやってきた日だったんです。片方の手で、約8年連れ添ったデネブとのお別れを抱きしめながら、もう片方の手で、これから歩く新しい相棒を迎える。嬉しいはずなのに、心はずっと泣いていました。正直に言うと、非常に寂しかったです。8年ですから。当然です。

🔑 寂しさは、深く繋がれた証拠

あんなに寂しかったのは、それだけデネブと深く繋がっていたからです。寂しさの大きさは、一緒に積み上げた時間の大きさでもあります。だから僕は今、その寂しさを「悲しい記憶」ではなく、「それだけ大切な相棒だった証拠」として、大事に抱えています。

新しく出会ったシュクレは、まだ僕のことを何も知りません。デネブと8年かけて積み上げた信頼を、またこの子とゼロから作っていく。その事実を前に、僕はデネブの背中を思い浮かべていました。「お前と歩いた道は、忘れないよ」と、心の中で何度もつぶやきました。

別れと出会いが同じ日に来るのは、つらいことのようでいて、今になって思えば、デネブが「次はこの子と頼むな」と、バトンを渡してくれたようにも感じます。あの日があったから、僕は立ち止まらずに、また新しい一歩を踏み出せたのかもしれません。


今、デネブは14歳。今も会いに行けるんです

ここまで読んで、もしかしたら少し、しんみりさせてしまったかもしれません。でも、ここからは、あたたかい話をさせてください。

引退したデネブは今、パピーウォーカーさんのもとで、おだやかな余生を過ごしています。パピーウォーカーというのは、盲導犬が子犬だった時代に、愛情をかけて育ててくれた家庭のことです。デネブは、自分が赤ちゃんの頃にお世話になった、いわば「ふるさとの家族」のもとへ帰って、のんびり暮らしているんです。

そして——僕は今でも、デネブに会いに行けるんです

先日も、会いに行ってきました。久しぶりに会ったデネブは、14歳のおじいちゃんになっていました。あんなに「ピー、ピー、ピー」とご飯を催促していた食いしん坊が、すっかり穏やかな顔をしたおじいちゃんになっていて。年を取った姿に、胸がいっぱいになりました。それでも、こうしてまた会える。それが、どれだけありがたいことか。

🔑 別れは「終わり」じゃなかった

引退の日、僕は「これでデネブとはお別れだ」と思っていました。でも違いました。デネブは今も元気に生きていて、僕は今も会いに行ける。別れだと思っていたものは、関係の終わりではなく、形が変わっただけだったんです。一緒に働く相棒から、会いに行く大切な家族へ。繋がりは、ちゃんと続いていました。

役目を終えたデネブが、こうして安心して、のんびり過ごせていること。あれだけ僕のために歩いてくれたのだから、これからは自分のための時間を、たっぷり過ごしてほしい。会いに行くたびに、僕は心から「ありがとう」と伝えています。


盲導犬の引退と別れについて、伝えたいこと

盲導犬と暮らすということは、出会った瞬間から、いつか来る引退の日を受け入れるということでもあります。これは、これから盲導犬と暮らすことを考えている方に、正直にお伝えしておきたいことです。

別れの日は、想像以上に寂しいです。僕も、非常に寂しかった。でも、その寂しさを怖がって、相棒と歩く毎日をあきらめるのは、もったいないと僕は思うんです。なぜなら——

視覚障害者になってからの僕は、長いあいだ「人に頼るのは弱さだ」と思い込んでいました。助けてもらうたびに、できない自分を責めていました。でも、デネブに身をあずけて歩く日々が、その固い気持ちを少しずつほどいてくれました。助けてもらうことは、弱さじゃない。信じて任せることで、二人だからこそ進める道がある。それを、デネブが毎日の歩みの中で教えてくれたんです。

盲導犬には、必ず引退と別れがあります。でも別れは、終わりじゃない。ちゃんと、感謝に変わるんです。

最後に、これを読んでくださっているあなたへ。もし今、あなたの隣に、当たり前のようにそばにいてくれる存在がいるなら——ペットでも、家族でも、友人でも、同僚でもいい。今日、その人に「ありがとう」と伝えてみてください。照れくさいなら、心の中だけでもいい。でも、できれば声に出して。

別れの日に「ありがとう」を繰り返すことしかできなかった僕だからこそ、これだけはお伝えしたいんです。「ありがとう」は、言いそびれて後悔するより、会えるうちに伝えたほうが、ずっといい。それが、デネブが僕に残してくれた、一番大切な教えです。

ありがとう、デネブ。約8年、僕の隣を歩いてくれて。お前と歩いた道を、僕はこれからも、シュクレと一緒に歩いていくよ。また、会いに行くからね。

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「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。

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最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人