ご飯の前に「ピー、ピー、ピー」と鼻を鳴らして催促する食いしん坊のデネブと、初対面でいきなりへそ天になった大胆なシュクレ。同じ「盲導犬」でも、僕の2頭の相棒は、笑ってしまうくらい性格が正反対でした。
もしあなたが、街で盲導犬を見かけて「この子、どんな性格なんだろう」と気になったことがあるなら——。
もしあなたが、つい誰かと誰かを比べてしまって、あとで少しだけ後悔することがあるなら——。
もしあなたが、盲導犬という存在を、もっと身近に、もっとあたたかく感じてみたいなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。今は2頭目の盲導犬シュクレと一緒に歩きながら、IRONMAN(226km)のサブ11時間挑戦を続け、年間50回前後の講演で全国を回っています。一人では歩けない僕にとって、盲導犬は、毎日をまるごと支えてくれる大切な相棒です。
今日は、僕がこれまで一緒に歩いてきた2頭の盲導犬——1頭目のデネブと、2頭目のシュクレの話をします。実はこの2頭、性格が見事に正反対なんです。同じ「盲導犬」でも、こんなに違うのか!と、僕は毎回びっくりさせられました。今日はその違いを、笑ってもらいながら読んでほしい。そして読み終わる頃には、盲導犬という存在を、ちょっとだけ身近に感じてもらえたら嬉しいです。
盲導犬と聞くと、多くの方が「賢くて、おとなしくて、立派にお仕事をする犬」という、ひとつのイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。
もちろん、それは間違いではありません。僕の2頭の相棒も、仕事中は本当に真面目に働いてくれます。でも、ハーネスを外したオフのときの姿は——これがもう、一頭一頭、まったく違うんです。
人間に一人ひとり個性があるのと同じで、盲導犬にも、それぞれ全然ちがう性格があります。シャイな子もいれば、大胆な子もいる。食いしん坊もいれば、甘えん坊もいる。同じ訓練を受けた賢い犬たちでも、中身はびっくりするくらいバラバラです。
このことを、僕は2頭の相棒——デネブとシュクレを通して、身をもって知りました。今日は、その「正反対っぷり」を、たっぷりご紹介します。
「盲導犬」とひとくくりにすると見えなくなりますが、一頭ずつ会えば、みんな違う顔をしています。立派なお仕事の犬である前に、性格も、好きなものも、笑えるクセも持った、個性ゆたかな一頭の犬。そこを知ってもらえると、盲導犬がぐっと身近になると思うんです。
まずは1頭目の相棒、デネブから紹介させてください。
デネブを一言で言うと、とびきりのシャイでした。どのくらいシャイかというと——僕がデネブの目を見ると、必ずスッと視線を逸らすんです。「ねえ、こっち見て」とのぞき込むと、ふいっと目をそらす。照れているのか、恥ずかしいのか、とにかく目を合わせるのが苦手な子でした。
仕事中は、誇りを持ってきりっと働く、頼もしい相棒。それなのに、オフになると急に照れ屋になる。そのギャップが、たまらなく可愛かったです。落ち着いていて、控えめで、どこか職人気質。静かに僕のそばにいてくれる、そんなタイプの相棒でした。
僕「デネブ、こっち見て」
デネブ「……(ふいっ)」
僕「いや、目そらさないでよ(笑)」
この攻防を、僕は何度繰り返したか分かりません。今思い出しても、笑ってしまいます。シャイなくせに、ちゃんとそばにいてくれる。あの不器用なやさしさが、デネブらしさでした。
不思議なもので、目を合わせるのは苦手なのに、歩くときの信頼はゆるぎませんでした。視線では照れて逸らすのに、ハーネスを通しては、僕に全身であずけてくれる。言葉にできない信頼の通い合いが、確かにそこにありました。シャイだからこそ、態度ではなく、行動でまっすぐに気持ちを伝えてくれる子だったのかもしれません。デネブと歩いた道には、いつもそんな、静かであたたかい空気が流れていました。
そんなシャイなデネブですが、こと食べることに関しては、まったく遠慮がありませんでした。とにかく大の食いしん坊。これはもう、筋金入りです。
象徴的なのが、夕ご飯の時間です。ご飯の1時間前になると、デネブの視線がすごい。「まだ?」「もう時間でしょ?」と言わんばかりの、圧のこもった目で、じーっと僕を見てくるんです。シャイでいつもは目をそらすくせに、ご飯の前だけはガン見。現金なやつでした(笑)。
現役後半、8歳9歳の頃になると、催促はさらにパワーアップしました。ご飯の前になると、鼻を鳴らして「ピー、ピー、ピー」と鳴くんです。これがもう、ひどいくらいで。あの音を聞くと、「はいはい、今あげるよ」と、こっちが笑ってしまう。耳の奥に、今でもあの「ピー、ピー、ピー」が残っています。
それから、デネブはケージの中で、よく変な顔をしている子でもありました。なんとも言えない、ゆるーい、間の抜けた顔。仕事中のきりっとした表情とのギャップがすごくて、その顔を見るたびに、僕は肩の力が抜けました。シャイで、食いしん坊で、変な顔。デネブの素顔は、本当に愛嬌たっぷりでした。
さて、ここからが2頭目の相棒、シュクレです。デネブとの違いに、どうか笑う準備をしてください(笑)。
シュクレと初めて会う前、僕は訓練士さんから、こう聞かされていました。
訓練士さん「シュクレは、ちょっと繊細な子です」
「そうか、繊細なのか。じゃあ、まずはゆっくり、時間をかけて距離を縮めていこう」——僕はそう、心の準備をして、対面の場に向かいました。デネブがシャイな子だったので、「次の子も、きっと慎重なタイプなんだろうな」と勝手に想像していたんです。
そして、シュクレと初めて顔を合わせた、その瞬間——。
シュクレは、その場で大胆に駆け回り、
そして、いきなりへそ天(おなかを上にしてゴロン)。
僕の心の声「どこが繊細だよ!」
繊細どころの話じゃありませんでした。初対面の僕に、全力で「仲良くなろうよ!」と寄ってきて、いきなりおなかを見せてゴロン。あまりの大胆さに、心の準備は一瞬で吹き飛びました。目をそらすデネブとは、まさに正反対。全身で「よろしく!」と言ってくる、堂々たる甘えん坊だったんです。
「繊細な子です」と教えてくれた訓練士さんに、思わず「あの……繊細って、何の話でしたっけ?」と聞き返したくなったほどでした。
そんな大胆な甘えん坊のシュクレですが、ハーネスを着けて仕事モードに入ると、別人のように真面目になります。このオンとオフの切り替えも、見事です。
仕事中のシュクレは、僕の合図をしっかり確認して、集中して歩いてくれます。褒めると、明らかに「えへん、当然です」という誇らしげな顔をする。その自尊心の高さが、また可愛いんです。
ちなみに、シュクレの名前はフランス語で「砂糖」「甘い」という意味です。あのお菓子、シュークリームの語源にもなっている言葉。名前の通り、性格も甘えん坊で、本当にぴったりの名前だなあと、呼ぶたびに思います。
年間50回前後、僕は学校や企業で講演をしています。そのほとんどに、シュクレも同行します。では、講演中のシュクレが何をしているかというと——僕の足元で、ぐっすり寝ています。僕が前で熱く語っている横で、伏せたまま、スーッと寝息を立てて。これは盲導犬としてとても良いことで、オフのときにしっかり休めるのは、訓練のたまものであり、シュクレの賢さでもあるんです。
子どもたちに「シュクレ、今ね、寝てるんだよ」と教えると、会場から「かわいー!」の声。すると、シュクレが「えっ、何の話?」みたいな顔でむくっと起きる。その瞬間、会場がどっと笑いに包まれる。シュクレは、僕の講演に欠かせない、最高の相棒です。
シャイで目を逸らすデネブと、大胆でへそ天のシュクレ。食いしん坊で「ピー、ピー、ピー」と鳴いたデネブと、甘えん坊で講演中にぐっすり寝るシュクレ。こうして並べてみると、本当に、見事なまでに正反対です。
この2頭と歩いてきて、僕が一番強く感じたこと。それは——相棒は、一頭ずつまったく違う。だから、比べてはいけない、ということです。
正直に打ち明けると、シュクレを迎えたばかりの頃、僕は心のどこかで、つい比べそうになることがありました。「デネブはこうだったな」「あの子はこんなふうじゃなかったな」と。でも、シュクレはデネブじゃない。シュクレには、シュクレだけの良さがある。それに気づいてから、僕はシュクレのことを、シュクレとして、まるごと大好きになれました。
誰かと誰かを比べているうちは、目の前の相手の本当の良さは見えてきません。デネブにはデネブの、シュクレにはシュクレの物語がある。比べるのをやめた瞬間に、その子だけの愛おしさが、ちゃんと見えてくる。これは盲導犬に限らず、人と人との関係でも同じだと、僕は思っています。
デネブが教えてくれたのは、静かに寄り添う優しさ。シュクレが教えてくれたのは、全力で心を開く大胆さ。どちらが上でも下でもありません。どちらも、かけがえのない、僕の人生の相棒です。
考えてみれば、これは盲導犬に限った話ではありませんでした。僕を支えてくれるガイドの仲間も、応援してくれる人たちも、一人ひとり、性格も、得意なことも、関わり方もまるで違います。そのどれかと、どれかを比べて、優劣をつけることに、意味なんてない。みんな、その人だからこそ、その子だからこそ、僕にとって大切なんです。デネブとシュクレという正反対の2頭は、その当たり前のことを、いちばんやわらかい形で、僕に教えてくれました。比べるのをやめると、一つひとつの繋がりが、こんなにも愛おしく見えてくる。これは、僕の生き方そのものを、少しだけ豊かにしてくれた気づきでした。
そして、2頭ともに共通していたことが、ひとつだけあります。それは、一人では歩けない僕を、毎日まっすぐ前へ連れて行ってくれた、ということ。性格は正反対でも、僕を支えてくれた気持ちは、まったく同じでした。だから僕は、2頭ともに、心から「ありがとう」を言いたいんです。
シャイなデネブも、大胆なシュクレも、どちらも僕の自慢の相棒。比べる必要なんて、どこにもなかった。それぞれが、それぞれのままで、最高でした。
もしあなたが、これから街で盲導犬とユーザーを見かけることがあったら、ひとつだけ、心に留めておいてほしいことがあります。
それは、ハーネスを着けて静かに歩いているその子にも、家に帰れば、こんなに愛嬌たっぷりの素顔があるということです。シャイで目をそらす子かもしれない。へそ天で甘える子かもしれない。ご飯の前に「ピー、ピー、ピー」と鳴く子かもしれない。みんな、それぞれの個性を持った、一頭の犬なんです。
ただ、仕事中の盲導犬は、ユーザーの命を預かって、集中して働いています。だから、見かけても声をかけたり、なでたり、じっと見つめたりは、そっと我慢してもらえると嬉しいです。「お仕事、がんばってるね」と、心の中で応援してもらえたら、それが一番のやさしさです。
正反対の2頭と歩いてきて、僕はつくづく思います。盲導犬は、道具ではありません。命のある、個性ゆたかな相棒です。この記事を読んで、盲導犬という存在を、ほんの少しでも身近に、あたたかく感じてもらえたなら、これ以上に嬉しいことはありません。
デネブとシュクレ。正反対の2頭が、僕に教えてくれたのは、「違うからこそ、かけがえがない」ということ。今日も僕は、シュクレと一緒に、まっすぐ前を向いて歩いていきます。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人