25km地点で、僕は足を止めました。ゴールの42.195kmまで、たどり着けなかった。隣で一緒に走ってくれたガイドに、なんて言えばいいのか分からなくなりました。
もしあなたが、挑戦の途中で足を止めてしまって、いまも自分を責め続けているなら——。
もしあなたが、「また最後までやり切れなかった」と、誰にも言えずに胸の中で抱え込んでいるなら——。
もしあなたが、失敗のあと、何から立て直せばいいのか分からなくなっているなら——。
この記事は、あなたのためのものです。
こんにちは。視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・中澤 隆(なかざわ りゅう)です。僕は左右ともにほとんど見えない状態で、伴走してくれるガイドと一緒に走り、漕ぎ、泳いでいます。日常では盲導犬のシュクレと暮らし、いまはIRONMAN(スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km、合計226km)のサブ11時間という目標に挑み続けています。それと並行して、学校・企業・自治体などで年に50回前後の講演をさせてもらっています。
今日お話しするのは、僕の失敗の話です。かすみがうらマラソンを、25kmでリタイアした日のこと。きれいな成功談ではありません。むしろ、その日の僕は情けなくて、しばらく顔を上げられませんでした。でも、いまの僕を支えているのは、あの成功した日々ではなく、このリタイアした日から作った3つの仕組みなんです。この記事では、失敗をどう扱えば次の力に変えられるのか、僕が見えない体で実際にやっていることを、順番にお伝えします。
そのマラソンは、9月のIRONMANに向けた足慣らしという位置づけでした。フルマラソンの距離を一度体に通しておきたかった。レース勘を取り戻したかった。だから僕は、ちゃんと目標タイムを決めて、補給の計画を立てて、伴走してくれるガイドと一緒にスタートラインに立ちました。
視覚障害B2の僕は、一人では走れません。ガイドと一本のロープ(タンデムロープ)を握り合い、声で「右に曲がるよ」「段差あるよ」「あと少しで給水だよ」とやり取りしながら、二人で一つの体のように進みます。だからこの日も、僕一人の挑戦ではなく、ガイドと二人三脚の挑戦でした。
前半は、悪くなかったんです。リズムもよかった。けれど、20kmを過ぎたあたりから、少しずつ体が重くなっていきました。脚が思うように上がらない。呼吸が乱れる。ガイドの声に、僕の返事のテンポが遅れていく。そして25km地点で、僕は足を止めました。リタイアです。ゴールの42.195kmまで、たどり着けませんでした。
悔しかった。情けなかった。「また、途中で終わってしまった」。その一言が頭の中をぐるぐる回りました。応援してくれた人の顔が浮かんで、隣で一緒に走ってくれたガイドに、なんて言えばいいのか分からなくなりました。
ここで、正直に書いておきたいことがあります。25kmで足を止めたのは、ただ力尽きたからではありません。最後はちゃんと、自分で判断して止めたんです。
あのまま気合いで進むこともできたかもしれません。でも、フォームが崩れたまま、見えない体で無理に脚を動かし続ければ、待っているのは怪我です。そして怪我をすれば、本命である9月のIRONMANそのものを失います。この日のマラソンは、あくまで足慣らし。本番のための一歩であって、本番そのものではない。だとしたら、ここで体を壊して数か月を棒に振るのは、いちばんやってはいけないことでした。
挑戦というと、歯を食いしばって最後まで進むことだと思われがちです。でも僕は、「ここで止めて、次に賭ける」という判断も、立派な挑戦の一部だと思っています。今日のゴールテープより、半年後の本命を選ぶ。目の前の一回より、続けていく自分を守る。それは逃げではなく、戦略です。
とはいえ、頭で「正しい判断だ」と分かっていても、心はそう簡単に納得してくれません。止めると決めた瞬間も、止めたあとも、悔しさはずっと残りました。僕は、その悔しさを無理に消そうとはしませんでした。消そうとすると、かえって自分を責める方向に転がってしまう。だから悔しさは悔しさとしてそのまま置いておいて、その夜から、僕は別のことを考え始めたんです。
リタイアした夜、布団の中で、僕は自分にこう問いました。
「この失敗を、ただの黒星にして終わらせるのか。それとも、次の材料にするのか」。
同じ一つのリタイアでも、扱い方しだいで、まったく違うものになる。そう気づいた瞬間でした。
失敗を責めるのは、とても簡単です。「自分はダメだ」「練習が足りなかった」「向いていないのかもしれない」。いくらでも言えます。でも、いくら責めても、体は1ミリも前に進まない。明日の自分が強くなるわけでもない。責めることには、何の生産性もないんです。
僕がいつも大事にしている考え方に、「ピンチはチャンス」というものがあります。見えなくなったこと、思い通りにならないこと、失敗してしまったこと——それ自体は変えられない。でも、それをどう扱うかは、自分で選べる。だから僕は、このリタイアを「次に活かす仕組み」に変換すると決めました。感情で終わらせるのではなく、仕組みに落とす。そこから生まれたのが、これからお話しする3つの仕組みです。
まず僕がやったのは、リタイアの状況を、感情を抜いてデータとして記録することでした。「ダメだった」「きつかった」ではなく、事実だけを書き出していく。具体的には、こういう項目です。
なぜ感情を抜くのか。理由はシンプルで、「ダメだった」は記録にならないからです。次に読み返したとき、そこからは何も学べない。ただ気持ちが沈むだけです。でも「25km地点で、補給のタイミングが少し遅れていた」と書けば、それは次に活きる手がかりになります。「次は、補給を少し前倒しにしよう」と、具体的な行動につながる。
見えない僕にとって、記録は特に大切です。健常者の方なら、走った景色や時計の表示を後から思い出せるかもしれません。でも僕は、視覚の記憶に頼れない。だからこそ、その日のうちに、体で感じたことを言葉にして残しておく。声のメモでも、誰かに書き取ってもらう形でも構いません。失敗を責める代わりに、観察して記録する。これが1つ目の仕組みです。
「ダメだった」は感想。「25kmで補給が遅れた」はデータ。次に活きるのは、いつだってデータのほうだ。
失敗の原因は、探そうと思えばいくらでも出てきます。睡眠、補給、ペース配分、練習量、合図の連携、気温、メンタル……。でも、全部を一度に直そうとすると、結局どれも直らない。気持ちだけが重くなって、行動が止まってしまうんです。だから僕は、次に直す原因を1つだけに絞ると決めています。
あのリタイアのあと、データを見返すと、直したい点は確かにいくつもありました。けれど僕は、その中から「次のレースまでに、いちばん効きそうな1つ」だけを選びました。あれもこれもと欲張らない。1つに集中して、それだけを徹底的に変える。次にその1つがクリアできたら、また次の1つへ進む。この積み重ねのほうが、結果的にずっと速く前へ進めます。
これは、僕が見えないことと深く関係しています。視覚障害B2の僕は、走りながら処理できる情報の量に限りがあります。あれもこれも気にしながらは走れない。だからレース本番では、「今日はこの1つだけ意識する」と決めて臨みます。判断を増やすほど、ミスは増える。判断を減らすほど、体は迷わず動ける。失敗の振り返りも同じで、直す原因を1ミリに絞ることが、見えない僕にとっていちばん現実的なやり方なんです。
これは競技だけの話ではありません。仕事でも、勉強でも、人間関係でも、うまくいかなかったとき、人はつい原因を10個も20個も並べてしまいます。でも、明日から変えられるのは、せいぜい1つです。その1つを選んで、まずそこだけ動く。「気合いより段取り」——根性で全部を抱えるのではなく、やることを一点に絞る段取りこそが、行動を生むんです。
そして、3つ目。これがいちばん勇気がいって、いちばん大事な仕組みです。それは、リタイアというかっこ悪い結果を、応援してくれた人に正直に報告すること。
正直に言えば、隠したくなりました。「途中でやめました」なんて、わざわざ自分から言いたくない。黙っていれば、誰も気づかないかもしれない。そう思う気持ちは、痛いほど分かります。でも、隠すという選択には、見えにくい代償があるんです。隠すと、応援してくれた人との間に、少しずつ距離ができてしまう。いい結果のときだけ報告して、悪い結果のときは黙る——それを続けると、相手は「本当のところは見せてもらえないんだな」と感じてしまう。
だから僕は、まっすぐ伝えることにしました。「25kmでリタイアしました。原因はここで、次はこの1つを直して、また挑みます」。言い訳をつけず、過度に落ち込んでみせるでもなく、事実と次の一歩を、そのまま報告する。
すると、不思議なことが起きます。応援してくれる人が、前よりも近くなるんです。「正直に話してくれてありがとう」「次も応援するよ」と、むしろ距離が縮まる。正直な失敗は、人を遠ざけるどころか、人とつながる入り口になる。これは、何度も経験して確信したことです。
失敗を正直に話すことは、弱みを見せることだと思われがちです。でも僕は逆だと思っています。見えない僕は、そもそも一人では走れません。ガイドがいて、応援してくれる人がいて、はじめて挑戦が成り立つ。だからこそ、うまくいかなかったときほど、その輪の中にいる人へ正直に伝える。隠さないことが、支えてくれる人への誠実さであり、その輪をもっと強くするんです。
あの日、いちばん申し訳なかったのは、隣で一緒に走ってくれたガイドです。僕がリタイアを選べば、ガイドの挑戦もそこで終わります。二人で握ったロープを、僕の都合で離すことになる。「ごめん」という気持ちが、まず最初に来ました。
でも、データを一緒に振り返る中で、その「ごめん」は、少しずつ「ありがとう」に変わっていきました。どの地点で僕の返事が遅れたか、どの給水で連携がもう一歩だったか——それを一番近くで見ていたのはガイドです。僕一人では絶対に気づけなかったことを、ガイドが教えてくれる。リタイアの振り返りは、僕とガイドの二人の作業でした。見えない僕にとって、ガイドはただの伴走者ではなく、失敗を一緒にデータに変えてくれる相棒なんです。
そうして3つの仕組みを通したあの25kmは、いまの僕の中で、もう黒星ではなくなりました。記録に残したデータは、補給計画と合図の練習に活きています。絞り込んだ1つの原因は、その後のレースで一つずつ潰してきました。正直な報告は、応援してくれる人の輪を、前より少し大きくしてくれました。失敗が、まるごと9月のIRONMANサブ11挑戦の土台になっているんです。
リタイアは終わりじゃない。失敗の後にどう動くかで、それは黒星にも、次への材料にもなる。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。最後に、あなたへお伝えしたいことがあります。
もしあなたが、挑戦の途中で足を止めてしまって、いまも自分を責めているなら。どうか、責めるのを、いったんやめてみてください。責めても前には進みません。代わりに、僕がやってきた3つを、ほんの少しだけ試してみてほしいんです。
失敗そのものよりも、失敗の後にどう動くか。そこに、その人の本当の強さが出ると、僕は本気で思っています。見えない僕でも、25kmで足を止めた日からここまで来られました。だからあなたも、きっと大丈夫です。あなたの「リタイア」は、終わりではなく、次への材料です。一緒に、また一歩から始めましょう。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人